この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2026年10月8日木曜日

かまど 完成

 我が家は、当時の電力会社の誇大広告に乗せられて

オール電化住宅だ

料理はIH、暖房は蓄熱暖房機とセントラルヒーティング

リビングは床暖まで付けてしまった

泊の原発があるから電気料金はどんどん安くなります

安全面も考えると、絶対にオール電化がお勧めです

そして東北大震災

原発は停止し、電気料金は右肩上がりに急上昇

今後泊の原発が再稼働しても料金は下がらない

と、言い切る北海道電力  開いた口が塞がらないよ まったく

今となっては後悔しかないけど

自分で判断して決めたことだから自業自得というところでもある

まぁ 今となっては暖房は薪ストーブだけで全部屋ポカポカな冬を過ごせてるし

正直言って蓄熱暖房機は使ったことがない。

そこで決めた

こんなデカくて用の足りないもん ・・・ ばらしちまえ!!

ってことで取り外して中にある蓄熱レンガだけは何かに利用できそうだ

ということで捨てずに保管しておいた 

全部で74個

何に使うか・・・放置も含め考えること半年あまり

「そうだ!! かまどを造ろう」

蓄熱レンガだから火にも強い筈だ

HIを使わずに料理できれば電気代の節約にもなるし

レンガの再利用なんてめちゃくちゃサステナブルでSDGsじゃないか!!

でも調べていくうちに

蓄熱レンガと耐火レンガの違いや

膨張率の違い、モルタルも耐火モルタルを使用  などなど

けっこう散財してしまうことが判明

でも造りたい

そこで思いついたのが、燃焼炉だけ耐火レンガで造り

周りを蓄熱レンガで覆う構造にすることを思いついた

というよりはAIが教えてくれた(笑)

完成品がこちら  じゃ~~~ん ↓


なんかテキトウに造った感があるけど
土台をはじめ燃焼炉の水平だけはちゃんと取ってある

ちょっと豪華な焚口も付けたし
給気口付きだ
三寸五分の煙突は在りものを利用
天板もいろんなサイズの輪があるものを設置

その右側は、なんてことはない
蓄熱レンガが余ってるので、ただ積み重ねて鍋置き造っただけ

もっとも重要な釜輪は、32センチの羽釜に合わせたリングを設置
燃焼炉床にはちょっと錆びてたけど
その辺にあったエキスパンドメタルを流用しロストルを簡易作成

その内、焼き切れたらステンレスのいい奴に変えよう(笑)

そして一番重要な箇所が、この黄色の矢印部分

ここは耐火レンガと蓄熱レンガをくっつけたらダメ!!  絶対ダメ
耐火温度が違うということもあるけど、一番の理由は
膨張率が違うこと!! 膨張率が違うものがくっついてるとどうなるか?
というと、それは破壊を意味する(笑)

なので若干の隙間を造って耐火モルタルも詰めなかった
因みに耐火モルタルはアサヒキャスターCA-13Tという
メチャクチャ高価なモルタルを使用
ガチガチに固まって、かまどやピザ窯に使うやつらしい
これもAIからの情報(笑)

なんだかんだと土台を水平に作るのに2週間
かまど自体は乾燥も含めて一週間、締めて3週間かけて完成

周りを囲った蓄熱レンガ同士の接着には普通のモルタルで十分

あえて手で塗りたくった感を出して雑に仕上げたのがお気に入り
後でもっとモコモコにしてみようと思う

早速 先日火入れ式を挙行

最初からガンガン燃やさずに
弱火で2~3回慣らし運転をしてからとAIが言ってたので
それにも1週間かかってしまった

そのせいで着手から完成まで1っカ月以上かかってしまった

最初の料理は、やっぱり羽釜を使った栗ご飯

とはいかず 栗がないので サツマイモで代用


オッかちゃんは かまどがたいそうお気に入りだ
途中から火力が強すぎて羽釜を天板の上にあげた

あとから煙突にダンパーつけなきゃダメだな

まぁなんだかんだいっても 完成は完成だ
これで蓄熱暖房機のレンガは再利用できたし
なるべくこれで調理すればIHも使用頻度が減って
電気代の削減に寄与することは間違いない

その結果 俺の「再びの石垣島計画」が近づいてくるはずだ

その日まで ご飯とみそ汁、少しの漬物だけで俺は我慢できる

そして、その日の夕食がこれ
初めてのサツマイモご飯は、おこげもあって
とても美味しかった

おそらく ヘルシーでリーズナブルの二刀流だ

まだまだ改良点はあるものの、余は満足じゃ(笑)






2026年9月25日金曜日

中秋の名月

 十五夜 とも言う

必ずしも満月ではないらしく

今年は2日ズレてて、27日の日曜日が満月らしい



なんで満月の日を十五夜さんにしなかったんだろう

十五夜は満月だろう?

ってことで調べたら

満月の日を十五夜にするのではなく

中秋の名月は旧暦の8月15日って決まってるそうで

旧暦の8月1日は新暦で言うと9月11日になる。

その日から15日目の今日(9月25日)が十五夜になるんだけれども

天文学的には月の軌道は正確な円ではなく楕円形なので

本当の満月のタイミングが2日ズレ込んで27日が満月になったそうだ

因みに来年の中秋の名月は9月15日ということで

これも疑問????だけど・・・・・

ってことで これも調べた

旧暦と新暦は11日のズレがあるらしい

これは新暦は1年が365日に対して、旧暦は新月から新月を1ヶ月とするため

1ヶ月が29.5日しかないらしい。

なので1年が354日で計算されてたとのこと

だから中秋の名月というのは毎年変わるんだな・・・・


解ったような 解ってないような

まぁそうなんだぁ~  でいいか


今年もオッかちゃんがススキと栗

トウモロコシと月見団子を飾ってくれた

「お前って毎年、こうやって季節の行事みたいのはちゃんとやってくれるよね?」

って褒めたら

「だって 何もしなきゃお義母さんから言われるからね」

「・・・・・・」

そうだったんだ

俺の知らないところで、40年前から嫁姑問題が勃発してたんだね(m´・ω・`)m ゴメン…

ゴメン、俺そんなことも知らなかったよ

いろんな苦労掛けてしまったね

今後の俺の人生、全てお前に捧げるよ


あぁ 今夜は  いい月だな  ボンちゃん



2026年9月16日水曜日

戻りたい

あのフィールドへ

もう一度身を置きたい

あのスタート地点に

もう一度起ちたい

最近、ちょっと調子こいて膝の違和感がないと

その気持ちが強くなってきている

高額な膝の治療を開始して

「もうマラソンからは身を引こう」

「思う存分走ってきたし、後悔はない」

「ここで無理して、また痛めたら 高額な治療費を許してくれたオッかちゃんに申し訳ない」

そんな一大決心をしたはずなのに

最近ちょっと調子が良くて、速めのウォーキングを始めたり

大丈夫かな? と思いながらすり足走法で少し走ってみたり

情けないことにランニングに未練タラタラだ・・・・


今日の北海道新聞 <いずみ>を読んで

その未練に拍車がかかった


留萌の76歳のオバちゃん

半月板損傷に変形性膝関節症、走ることができない脚となって2年

「もう一度走りたい」という思いだけからリハビリを頑張って

今年、コロナで中止の期間も含め6年間のブランクを経て

北海道マラソンを完走した

という内容だった


この投稿をみて また一大決心をしてしまった

戻りたい   戻りたい  戻りたい

俺は  戻る

もう一度スタート地点に起ち  ゴールする


その場所に  戻ってみせる

俺より10歳も高齢のオバちゃんにできて

俺ができないわけがない


体重を減らし、膝への負担を減らすスリ脚走法を習得し

再び起ち上がるぞ!!


留萌のオバちゃん  ありがとう



2026年9月15日火曜日

んんん~どうなんだ?

 今日はもう見る気がしない

今日は負け試合だ

北山を勝利投手にしたいっていう気持ちは解らないでもない

でも残り試合12で

個人の成績を言ってる場合じゃないない

とにかくチームを、この一試合を この相手に勝たなくてはならない

それが見えてこない

「頼むから変えてくれ」

「もう変えてくれ」

・・・・・・・・・・・4点献上


これじゃ勝てないだろ

どうしちゃったんだろう新庄監督

選手を信じて待つ というのも序盤ではありかもしれないけど

ここにきて見切りをつけられないタイミングの悪さは

ファンとしてはガッカリ以外にない

この先 大逆転があったとしても

今日の試合は 後味が悪い 面白くない


レイエス・・・・優勝できるチームに行っちゃうよ

打順もオポジションも固定できないチームに

優勝なんてできるんだろうか

夢を見てみたいけど

チームの内情なんて関係ない にわかファンとしては

勝利だけが見たいんだ

ファイターズを応援して 勝って スカっとしたいのに

  がんばれ  ファイターズ




2026年9月13日日曜日

再び 豊臣兄弟ねた

 今日は日曜日

BSで17時30分から釣りびと万歳 を家族みんなで見てから

そのまま大河ドラマを見るのが 俺んちの日曜日

豊臣兄弟 今日の内容もなかなか面白かった

面白かったというのは、ドラマとして面白かったということだ

歴史上の薄っすらと聞き覚えのある人物が次々と出てきて

戦国時代が好きな割には超浅い俺の知識が

追い付かず置いてけぼりを食うけれど

それはそれで後から調べる楽しさが待っていて おもしろい


なのにYahooコメント欄なんかには、史実と違う、それは外れすぎる

地元の英雄をそんな風に扱うな!!住民に失礼だ

とか本当にめんどくさいコメントが並ぶ・・・

そんなのどうでもいいじゃん

まさかNHKの大河ドラマで歴史を学ぼうなんて人はいないだろうし

はっきりしていないことは、脚本家の想像で面白くすればそれでいいと思う

要は 順番さえ狂ってなければ いいんだ


学生時代の歴史の授業は、この順番をひたすらひたすら

ひたすら覚えることだけを求められ

何故この人はそんなことしたんだろう? とか

何故 この人はこんな大事な時に他の事をしてたんだろう? とか

何故 戦い 何故 死に 何故 生き延びたのか などなど

歴史上の人物像がなかなか見えてこなくて つまらない授業だったけれど

大河ドラマは、そこを補ってくれていると 俺は思う


弥生時代とか飛鳥時代には、あまり興味はないし

大正から昭和にかけての日本には、悔恨の念を込めて

忘れてはならない時代ではあるけれど

やはり面白いのは平安から江戸や幕末に興味が湧くし

大志を抱いて戦った人たちのことを英雄視してしまう反面

昔の日本人の戦い方って 残酷だなぁ とも思う


刀で切られ槍で突かれたって直ぐには死なないし

おそらく戦場には、断末魔の悲鳴があちこちにあったはずだけど

バッサバッサと切られ、うわぁーとか言いながらあっさり死んじゃうのは

やはりドラマとしての面白さを狙った演出があるからで

そこを、侍や兵士が息を引き取るまでやるテレビドラマって見たことない

そこまでやっちゃったらドラマを見る人はいなくなるだろうし

そういう残酷さを世に知らしめる他の番組がNHKにはある。

それこそは、史実であり、客観的な記録として見ればいい


とにかく 豊臣兄弟は秀吉の弟に注目した

面白い角度からの歴史ドラマで毎週楽しみにしている


っていう どうでもいい話(笑)   




2026年9月10日木曜日

ガッカリで残念

 いやぁー

なんかもう お手上げですわ

ソフトバンクには勝てないわ これ

監督の思うように選手が動ければ勝てるのか

采配が的外れなのか

ガッカリを通り過ぎて もう 残念でした って感じだな

えぇ~!? ここでこの選手起用?

この場面でこの選手下げるの?

ここは手堅く1点を  ってとこで大振りゲッツー

ソフトバンクの時だけ 何だか変なチームになってしまうの なんで?

8連勝も水の泡って感じだけど

なんとか2位にはなって欲しいな・・・


そしてガッカリっていえば もう一つ

MITUBISHI パジェロ

なにあのフロントマスク 子供の玩具じゃないんだから

一般人にあんな機能やシステム必要? いつどこで使うの?

確かにパリダカでは必要かもしれんけど

国内で、しかも一般道で使うか? 

あんな高価な車で山で泥道でガレ場で・・・だれが走るんだ?

嫌な予感はしてたけど、やっぱりランクル300の二番煎じ なんだよな

ランクルFJは全く問題外だけど

250には対抗できるのかな?っていう期待は

激しく崩れ落ちたしまった


ワクワクが何もなかった 新型パジェロ

新機能は極力必要最低限にして、ディーゼルハイブリッドでも出してみろよ

ちょっとぐらいカッコ悪くても 

独自性が際立ってれば、即買っちゃうんだけどなぁ

なんちゃって  金もないくせに(笑)







2026年8月22日土曜日

1977年1月25日

 松山千春がデビューした日だ

俺は高校2年生 

漁師になるか、どこかに就職してサラリーマンになるのか

どっちつかずの状態で3年生になろうとしていた時期だ

ハードロックにドップリ嵌っていた時だけど

千春の曲だけはアタックヤングから聞こえてきたり

日曜日のSTVラジオは千春ばっかり流すもんだから

否が応でも耳に入ってきて、徐々に洗脳されてしまった

一年後、東京消防庁に就職が決まり

故郷を離れる寂しさと親から離れて暮らす不安

何よりも、日本一の消防の厳しい消防学校での生活に耐えられるだろうか

ワクワク感と不安と寂しさのど真ん中にいた俺に

千春のデビュー曲「旅立ち」は、どストライクで刺さった

デビューアルバムを友達から借りて、カセットテープに録音し

その年の4月、俺は渋谷の消防学校に入学した

くそ田舎の漁師町から大都会東京の、しかも渋谷

幡ヶ谷にある消防学校の寮の窓からは

まともに新宿の超高層ビルがこれ見よがしにそびえていた

「とんでもないところに来てしまったかも・・・」

「でも、家業の漁師を断って出てきたからには、もう帰れない」

「親父にあわせる顔がない」

当時の消防学校は、まだ軍隊形式のようなところがあって

とても規律正しく厳しい毎日だった

テキトウに遊んで楽しいだけの高校生活を毎日を繰り返してきた俺には

地獄 以外の何物でもなかった

小さいころからあこがれた職業、漁師じゃなければ消防

会社員は俺には無理だ

海保も海自も、当時付き合っていた彼女も全てを振り切って東京消防庁に決めた

親から離れて再スタートを切るために・・・・

「旅立ち」

「初恋」

「かざぐるま」

「銀の雨」

そして「大空と大地の中で」

故郷を離れて初めて 北海道 を意識した 「俺、北海道から来たんだ」

50年前に千春が出したデビュー曲が 俺の背中を押してくれたことは間違いない

その後の東京での暮らしの中には いつもどこかに千春がいた

非番には大学に行くことも自分で決めた

皆が非番公休で遊んでる時に、俺は世田谷の大学まで通った

そんな生活を支えてくれたのも 

やっぱり 同じ北海道から出てきて頑張っている 千春がいてくれたから

50年も前かぁ~ 何もかもが懐かしいなぁ

良く乗り越えてきたな 俺


あの頃の 千春 も 長渕 も良かったなぁ

今はなんだか、わけわからなくなってるけど

50年も経てば 変わらないというのも変な話だな

でも、やっぱり俺はあの頃がいいな


なんで今 こんなことを書くのか

自分でもわからないけど、千春のことが 気になった

そして 自分の人生を振り返ってみる歳になったってことか

歳とったんだなぁ  俺  66歳かぁ・・・