この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2026年8月22日土曜日

1977年1月25日

 松山千春がデビューした日だ

俺は高校2年生 

漁師になるか、どこかに就職してサラリーマンになるのか

どっちつかずの状態で3年生になろうとしていた時期だ

ハードロックにドップリ嵌っていた時だけど

千春の曲だけはアタックヤングから聞こえてきたり

日曜日のSTVラジオは千春ばっかり流すもんだから

否が応でも耳に入ってきて、徐々に洗脳されてしまった

一年後、東京消防庁に就職が決まり

故郷を離れる寂しさと親から離れて暮らす不安

何よりも、日本一の消防の厳しい消防学校での生活に耐えられるだろうか

ワクワク感と不安と寂しさのど真ん中にいた俺に

千春のデビュー曲「旅立ち」は、どストライクで刺さった

デビューアルバムを友達から借りて、カセットテープに録音し

その年の4月、俺は渋谷の消防学校に入学した

くそ田舎の漁師町から大都会東京の、しかも渋谷

幡ヶ谷にある消防学校の寮の窓からは

まともに新宿の超高層ビルがこれ見よがしにそびえていた

「とんでもないところに来てしまったかも・・・」

「でも、家業の漁師を断って出てきたからには、もう帰れない」

「親父にあわせる顔がない」

当時の消防学校は、まだ軍隊形式のようなところがあって

とても規律正しく厳しい毎日だった

テキトウに遊んで楽しいだけの高校生活を毎日を繰り返してきた俺には

地獄 以外の何物でもなかった

小さいころからあこがれた職業、漁師じゃなければ消防

会社員は俺には無理だ

海保も海自も、当時付き合っていた彼女も全てを振り切って東京消防庁に決めた

親から離れて再スタートを切るために・・・・

「旅立ち」

「初恋」

「かざぐるま」

「銀の雨」

そして「大空と大地の中で」

故郷を離れて初めて 北海道 を意識した 「俺、北海道から来たんだ」

50年前に千春が出したデビュー曲が 俺の背中を押してくれたことは間違いない

その後の東京での暮らしの中には いつもどこかに千春がいた

非番には大学に行くことも自分で決めた

皆が非番公休で遊んでる時に、俺は世田谷の大学まで通った

そんな生活を支えてくれたのも 

やっぱり 同じ北海道から出てきて頑張っている 千春がいてくれたから

50年も前かぁ~ 何もかもが懐かしいなぁ

良く乗り越えてきたな 俺


あの頃の 千春 も 長渕 も良かったなぁ

今はなんだか、わけわからなくなってるけど

50年も経てば 変わらないというのも変な話だな

でも、やっぱり俺はあの頃がいいな


なんで今 こんなことを書くのか

自分でもわからないけど、千春のことが 気になった

そして 自分の人生を振り返ってみる歳になったってことか

歳とったんだなぁ  俺  66歳かぁ・・・


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