この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2017年1月11日水曜日

2017 始まりの終わり

新年明けまして おめでとうございます
このブログも6年目に入りました

こんな、しょ~もないブログを
長続きさせてる秘訣っていうのは、ヤッパリ

① 根を詰めないこと
② 内容に一貫性を持たないこと
③ メッセージ性は皆無とすること
④ 今思ってることを後先考えず、取り敢えず書いてみること
⑤ 気持ちに逆らわずに、写メを撮り捲ること

そして、一番大事なことは
上記5項目を、「絶対に守るんだ!!」
という、強い意志を持たないこと(^^ゞ

ということで
平成29年が明けて
365分の10が過ぎました

いやぁ~ 大晦日の神社の掃除から
9日の出初式まで、やたら早かった
北海道新幹線なみに駆け抜けた10日間だったなぁ

体調も崩さず、暴飲暴食をすることもなく、除雪もなく、
管内では大きな災害もなかったし
いい年を迎えられた。

新年最初の任務も
自分なりに恙無く、平成29年の始まりを終えることが出来た

やっと一安心ってところ  かな

だけど、ずっと緊張感を持っていたかというと
そうでもないんだなこれが・・・・・・
いつものように、ONとOFFは完全に切り替えて過ごした
そうじゃなければ、スイッチを入れたときに全力を出し切れないからね
常に、完全充電と完全放電を繰り返してるのが
俺のPower Source

先ずは平成28年12月31日

恒例の
富川八幡宮の初詣の準備

氏子が集まって一斉に取り掛かる

この作業、最初は年寄りの中に入って
色々やること自体が億劫だったけど
やってみると意外と楽しかったりする(^・^)

街の人達と、特に高齢の人達と触れ合うことっていうのは
普段、消防にいるとそんなにある機会ではないし
考えてみれば、俺だって今年58歳になる
若くもないしな・・・・

今年の階段除雪は楽だったぁ
作業は、2時間ぐらいで終了


今年は、当番じゃないから、神社に詰めなくていいので
ラッキーでした!(^^)!

明けて元旦
初日の出は拝めなかったけど(寝てた)
富川八幡宮と有川大神宮への初詣を済ませ

向かった先は

大好きなエキゾチックな街   ハ~コダテェ~

軽トラを緑の島に置いて
ここからは、全行程を徒歩で神社めぐりした

小銭を握り締めて、たくさんのお願い事をするからには
それなりの礼を尽くさなければならない

徒歩こそが、俺たちにとっての 礼 だ

近くまで車で行って
あれもこれも「お願いします」とか言ったって
神様だって気合の入り方が違うってもんだ・・・・・と思う

それに、元日から健康に良いことすれば
一年間、健康で過ごせそうな気がするし
なんたって今年は  サロマンブルー が掛かった
一世一代の大勝負の年だ


先ずは  厳島神社に参拝

ここは水の守護神であると共に
七福神の中で唯一の女性である弁天様が祀られている神社

今年も女難に合わないように・・・・・が?

 続いて
映画ロケ地としても有名な

山上大神宮

その昔何代目かの神職さんが
坂本竜馬と親戚だったとか・・・?
 しばらく歩くと
国指定重要文化財でもある
旧函館区公会堂

ハイカラやなぁ
高貴やなぁ
玄関には、しめ飾りが下がっていました
正月やなぁ

観光客の振りして、キョロキョロしながら歩く
俺たち  地元衆が着いたのは

船魂神社

ここは北海道最古の神社でもあり
義経が津軽海峡を渡るときに
助けたという伝説もある神社だ

ロマンだなぁ

義経は その後 どごさ行ったんだべが?


由緒ある神社はちゃんと作法を重んじる

冬で凍るかもしれない 手水舎も

氏子さんたちが交代で
落ち葉焚きをして
寒さをしのぎながら守っていました

 この神社も 七福神が祀ってある

福禄寿

福も禄も寿も
ぜぇ~んぶ 俺のところに来てくれぇ

って  二人で100円じゃ ダメか・・・
そして辿り着いたのが

函館護国神社

靖国神社と同じく 戦没者の御霊を祀っている
他の国がなんと言おうと
先人の尊い犠牲の上に今の日本の平和があることを
日本人が、忘れてはならない

ここから見下ろす函館の景色は最高です

朱の鳥居が
眼下に広がる函館の街を見守っているようで

なんとも言えない
俺の頭の中にある言葉では表現しきれない
素晴らしさが

ここにはある



ついでに
と言えば失礼ですが
護国神社の表参道を少し下がったところにある

天祐寺にも七福神繋がりで寄ってみました

ここには布袋さんがいます
あの一世を風靡したBOOWY の布袋寅泰

ではない

ここを後にして
函館八幡宮にも行ったけど
ガッツリ混んでたので

遠くから参拝させていただきました
日を改めて、また伺います


ここまで来たからには、と言うことで
我ら、観光客のような地元衆は

地味に、この参道が気に入っている

住三吉神社へ

ここは富川八幡宮と同じ落ち着いた雰囲気のある神社で
俺たちのお気に入り

少しだけの階段を登り
「今日は 、ここで終わりにしよう」とか言いながら見上げた、その先にあったのは

な  な   なん  なんと!!!??
あるはずのものが    ない

鳥居の島木と笠木が     ない    ない    どう見ても   ない

あれま
どしたんだべがぁ???


修理中かな?
だとしたら、初詣に間に合わなかったてこと?
氏子さんたち、残念だったろうなぁ

まぁ いっかぁ

ここにも七福神の寿老人が祀られている筈だけど
見つけることは出来なかった・・・

まさか 寿老人さん・・・・・・死んじゃったんじゃ ないよなぁ


一とおり 参拝も終わり   グッタリ

帰りは 谷地頭から軽トラを置いてある緑の島まで

市電を使いました

ハイカラだなやぁ

元日は、この後温泉に入って    終了



1月2日は
組合の先陣を切って
鹿部消防の出初式です

組合の構成市町は3つとも出初式の日程がバラバラ
こんなところにも
自賄い方式による一部事務組合消防の統一性の難しさ・・・・   痛いなぁ

これはリハーサル風景

流石に本番中は、写メは撮れないんで
団員さんたちの表彰の練習時間に写しました

年明け2日に実施するのは、沖止めの間にやる、という
漁師さんが多い鹿部町ならではですが

正月のノンビリしたい時にも消防団業務に精励してくださる
団員さんたちには、本当に頭が下がりますm(__)m


翌3日は 完全に丸一日 予定なし

明日から仕事始めだし
ここらで、走り初め
ということで、思いっきり20キロ 雪のないロードを走って来ました
気持ち  よかったぁ
 腹    重たかったぁ

そして、1月4日は仕事始め
とはいっても
消防本部と北斗消防署だけです
同じ組合でありながら消防署により仕事始めが バラバラです
自賄い方式による一部事務組合消防の統一性の難しさが
ここにも現れてます

そして、1月5日は お隣
函館市消防本部の出初式でした

いつもお世話になっている函館消防

新年のご挨拶も兼ねて、昨年から出席させていただいてます

天気が良くて、風も穏やかで
函館消防の意気込みが伝わる
素晴しい出初式でした

放水披露は 今年から カラー放水

函館市、工藤市長の要望だそうです
とても綺麗でした

が       このカラー放水

同業者としては、「こりゃ後始末が大変だなぁ」という目でしか見れませんでした(笑)

祝賀会にも、少しだけ顔を出してきました
消防音楽隊の演奏もあり
とても、新春らしい華やかな演出で、少し羨ましかったです

曲はなんと  俺の大好きな  深紫の
Highway Star ~Burn ~ Smoke On The Water のメドレー

やるなぁ  函消!!



「南渡島にも音楽隊があればなぁ  俺、絶対に入ってるのになぁ・・・」

そして、1月6日が 七飯消防と鹿部消防の仕事始め

続く1月7日は、七 ということで  七飯消防の出初式です

実は、昨年から秘かに練習していた、七飯消防団による

はしご乗り

を、住民の皆様に披露しました

町の広報紙やポスターの宣伝効果も手伝い
例年にない程のたくさんの方々が、見に来てくれました

函館消防の出初式に一緒に出席した団長も
函館の はしご乗り を見て、気持ちを高ぶらせ

「七飯の はしご乗りも 負けてはいない」

と、やる前から勝利宣言をしていましたが(^^ゞ

いやいやどうして   勝るとも劣らない と言うべきか
構成町だから、ひいきして言うわけでもないけど
明らかにというか、見るからにというか
謙遜してもしなくても、と言うか

勝った

驚異的に素晴しい演技で
火消しの心意気を魅せてくれました

仕事中につき  動画も写メも撮れなかったのが悔やまれる

後は  木遣り歌 だな
函館は生歌だったし  そこは  負けたなぁ・・・・

来年は俺が歌っちゃおうかな(^_^)

ってな訳で
組合消防、掉尾を飾るのは

北斗消防出初式


じゃ~ん

ってな訳で

自分とこ、3つの出初式は
流石に、仕事中なので写メは撮れません

これも、前日のリハーサル前に撮ったもの


今年も無事に構成市町3つの出初式が終わり
俺の、新年最初の任務も一区切りが付きました

今年も、消防組織法第1条の任務遂行への決意を新たにし
職員団員一丸となって 、全力を挙げて
住民の安心安全を確保する為に邁進します



なので

迷ってる方

安心して  北斗市に移住・永住してください

あなたたちのことは、俺たちが

       災害から、しっかりと守ります!!





2016年12月31日土曜日

さよなら2016

1年には、2度
自分が歩んできた1年間を振り返る日がある

12月31日と3月31日

そして自分が、これから歩もうとしている一年を
心に刻む日がある

1月1日と4月1日

2年前の元旦
目標を起て、自分のするべき役目を固めたあの日
その為に1年かけて準備してきた決意は

その年の3月31に、見事に打ち砕かれた

炎と闘う俺の武器は、管鎗からボールペンに変わり
炎に勝つために、俺が指示を伝える武器は、メガホンからマイクに代わった
そして、その闘う現場は
闘うステージは
それ自体が、変わった

あの年、何の準備もない俺に
突然やってきた、大きな迷路の入口

俺の決意は、僅か3ヶ月で激変せざるを得なかった

あれから2年

「置かれた場所で、咲いてみせるさ」

それだけを頭のてっぺんに置いて
2年前の4月1日、俺は迷路に突入した

今年
2回目の迷路は
抜け出すのに、さほど迷うことはなかった
最初の時ほど、同じ道を戻ることも少なかった

俺には5回チャンスが巡ってくる

3年目の来年は
もう少しゆっくりと周りを見渡してみようと思う
じっくりと自分の周りの景色を観察し
何が見えていて、何が見えていないのかを確かめながら
変化していく景色を、自分が変えられるか、変えるべきか
流れに乗るか、流れを作るか
選択肢は2つではない

トラック5週は、同じスピードでは走れない
全力疾走すればラストはバテバテ
ゴールだけを目指しても、周回が意味をなさない

1周目は自分の調子を確かめながら
2週目は自分の位置を確かめながら
3週目は勝ちに行くための準備をし徐々に加速
4週目に勝負を懸ける
ラスト1週は全力で逃げ切ってやる
そして
ゴールは駆け抜けていき
どこまでも走って、そのまま競技場を後にしたい

闘うステージ、戦う武器は変わっても

俺がやっつけなければならない相手は  炎 だ

変わりはしない

「火を消して、水を操り、男成り、消防魂、ここにあり」

再認識しなければならないことを
2016は教えてくれた

2016という年は二度と戻ってこない
そう思うと、なんだかこの一年間がとても愛おしい
名残惜しくもあり、無事に過ぎた安堵感もあり

さよなら

 ありがとう  2016年

上手くいかないことも
沢山あったけど

後悔と
     やり残したことは

                 ひとつも    

ない





2016年12月26日月曜日

札幌ホワイトイルミネーション

北海道の公共交通が麻痺していた、この3連休

金曜日は、セッセセッセと年賀状をプリントアウト
遠くに住む親戚だとか、消大の同期だとか
東消のお世話になった先輩へ、心を込めて   プリントアウト(^・^)

せめて宛名書きくらいは自筆で
と思っていたけれど、JP泣かせのミミズが這ってる俺の筆跡じゃ
せっかくの年賀状が届かないと困るし・・・

と言うことで
心を込めて   プリントアウト(^^ゞ

頑張った甲斐あって  1時間で完成

次の日の早朝
前夜の宅飲みが効き過ぎて
10時間睡眠の末、6時には目覚めちまった


俺   「あぁれぇ~ 天気 イイっけや?・・」

毒   「えぇ? 雪降ってないの?」

俺   「早ぐ 起きて まんま喰うべし!!」

毒   「なんで? なんも用事ないもの・・ゆっくり寝てればいっしょや~」

俺   「バガこの!! こったらにいい天気寝でられるってな?」
      「札幌さ 行ぐべ  大通りさ イルミネーション見に行ぐべ」

毒   「いいねぇ  じゃ オニギリ作るから 車で食べよう?」

俺   「んだな   早ぐせ!!」

毒   「やぁ~今起きたばっかりで  ○▽□※#%」

ものの30秒も掛からず 即決

迅速な判断や決定は難しいが
遅すぎる判断と決定は組織を腐敗に導く
決断の間違いに気がついたら
迅速に方針変更する勇気を持つこと
初志貫徹の美学とは、自分の判断と決定が
常に正しいか?と問い続けた結果がもたらすもの

という持論を遂行した!(^^)!

綺麗だぁ




説









明





は




必




要 









な









い
札幌の冬がキラキラと輝く夜

昨日  降り積もった真っ白な雪が

幻想的な時をゆっくりと刻んでいく

若いカップルが手を繋いで歩く  夜の大通公園

転ばないように、毒が俺の左腕にしがみついてくる

「お前   イルミネーションよりも眩しく輝いているよ」

と  そっと呟く・・・・

こんな、なんでもない時間を大切にしたい


毒   「あぁ なんだか寒いし     もうイイわ   ラーメンと焼き鳥   食べに行こう!!」


はぁぁぁぁ?

俺が、こんなロマンチックな気分に浸ってるというのに

食い気 の方が先に立つんかい?

しかも   ラーメンと焼き鳥 って 喰う物も決まってるんかい!?


お前    やっぱり

        毒

               だな



次の日の帰り道

羊蹄は いつもと変わらず

堂々と男らしかった



メリー クリスマス





2016年12月21日水曜日

聖なる一週間

12月には
俺にとって「聖なる一週間」 がある

それは
聖なる妻の誕生日と
聖なる愚息、長男の誕生日が続く一週間

神をも恐れぬ 我が妻と
神頼みばっかりしている 我が息子

どちらも俺にとっては 聖なる存在だ

そんな聖なる夜に
行って来ました
そして、吐くほど腹いっぱいに喰ってきました

函館にある
ピッツェリアアモリーノ

贈られてきた割引券を抱きしめて

ピザの食べ放題コース

なんぼでも喰ってやるぜぇ!!





こんな感じのピザを
二人で4枚 8種類のピザを腹に入れた

他にはサラダにドリンク、パスタにスープも喰った

ピザは出てくるのが 超早い
でもちゃんとピザ窯で、1枚1枚ちゃんと焼いてました。
俺・・・・確認済みです




仕上げには、このデザート

3個まで自由に取ってOK

でも
この時点で、俺たち二人はもう・・・限界

それでも・・・・・とりあえず   喰う

所謂    ほいど  ってやつ



もう~自分の身体が
全て胃で出来てるんじゃないかと思えるぐらいに腹が膨らんで

ベルトを緩めたまま車に乗り込んだはいいが
オッカちゃんのジムニーで来たもんだから
運転席が狭くて狭くて・・・・・(^^ゞ

帰り道     車内での会話

「ピザって、思ってたより食べれないもんだねぇ?」

「んだなぁ」

「やっぱり、粉もん は、お腹が膨らむよねぇ?」

「んだなぁ」

「イタリヤの人って だから太ってる人多いのかなぁ」

「んだなぁ」

「でも、大阪の人って たこ焼き食べてる割には、そんなに太ってないよねぇ」

「んだなぁ」

まぁ~~~~~~よく喋る  オナゴだごと

俺が、返事するのも面倒だってことに  少しは気づけや?



中略

ということで話は勝手に進み

ピザと言えばイタリア
イタリアと言えばローマ
ローマといえば聖なる道
聖なる道といえばトラピスト修道院
トラピスト修道院と言えば、我が管内

北斗市三ツ石392
正式名称を

灯台の聖母トラピスト大修道院

ということになり
自宅を通り過ぎて、トラピスト修道院まで
ライトアップされた 聖なる道を見に行ってきました

これ
全画面です

周り・・・・・真っ暗です

なんも見えません

ここを訪れる者、全てを包み込む
その雄大さと、神聖な空気

今までの俺の邪悪な行動と罪の数々を
口には出さず、許しを請うて来ました

左に起っているのは   幽霊です

いえ、幽霊のような妖怪です

いや、妖怪のような    我が妻です

おそらくこの女も
口には出さずとも
俺に対する、数々の無慈悲な行動を懺悔しているはずだ

絶対そうだ








2016年12月19日月曜日

最終回と決勝戦

いったい どっちを観たらいいんだぁ?
昨日ほど、2画面テレビが欲しいと思ったことはない

真田丸の最終回   題名が「最終回」ってのも
三谷マジックだなぁと思う

そして一方では
日本の鹿島アントラーズが王者レアル・マドリードに戦いを挑んでいた

真田幸村が家康の首を狙っていたその時間
アントラーズはロナウドに襲い掛かっていた

圧倒的な数と強さの徳川に
僅かな戦力で戦う豊臣軍

開催国枠で出場した日本のチームが
ヨーロッパチャンピオンのスター軍団に挑む

「この戦い  勝てるぞ!!」・・・・・「私も そう思う」

90分間で決着はつかなかった

大方の予想は、アントラーズのボロ負け
胸を借りるつもりで頑張る・・・
凄いチームと戦えただけでも、今後に繋がる
負けてもしょうがない  善戦すれば・・

アントラーズにそんな考えを持っている選手は誰もいなかった
監督も選手もサポーターも 「勝ち」 に行った

「望みを捨てなかった者にのみ、道は開けるのです」

幸村の戦いに対する精神が
アントラーズにのり移っていたようだ

延長戦
終わってみれば、結果は2 - 4の惨敗だった

「人の値打ちと言うのは、己が決めることではない
それは、時が決める・・・・
どんな終わり方をしても、大事なのは如何に生きたか でございます」

アントラーズの戦い
伊達政宗 上杉景勝  直江兼次 も観てたんだろうか

「見事な 戦いぶりよ     源次郎 さらばじゃ・・・・」

もう、どっちがどっちで、何がどうなってんだか
真田の赤と黒の甲冑も
鹿島の赤と黒のユニホームも 全部がダブっちゃって

俺    もうダメ  さ  
目からしょっぱい汗が   流れるわ  流れるわ   (T_T)
鳥肌が起つわ 起つわ

食堂のオッちゃんが裏切ったせいで 大阪城から火の手が上がり
豊臣の旗印 千成瓢箪を城に持ち帰ったことで
浪人兵たちは「負け戦」と勘違いしてしまう・・・・・

一方
完璧にイエローカード2枚で退場と思われたラモスに
主審はレアルマドリードというチームにカードを出すことをしなかった
主審!! ジダン にビビッタか?

ちょっとした出来事で、 戦いの流れは 簡単に変わる

「戦いの潮目が変わったことを、家康は見逃さなかった」

「戦いには風が変わる瞬間がある ロナウドはその瞬間を見逃さなかった」

それにしても 昨日という日は
なんという感動の連続だったんだろうか

今年は、「真田丸」から本当にいろんな言葉で感動を貰った

年末の、職員への訓示で使いたい言葉がいっぱいあるけど
「それって 真田丸のパクリですよね?」
って突っ込まれそうだから辞めとくけど
それほどまでに、グサリと突き刺さる言葉が盛りだくさんだった

ベスト3は

第1位
 「望みを捨てなかった者にのみ、道は開ける」
望みを捨てずに、最後の一瞬まで最善を尽くせ  ということだよなぁ
俺、諦めが早くねぇか?

そして第2位
「大事なのは如何に生きたか」
勝敗が全てではなく、それまでの道のりが最も尊ばれると言うこと
俺、結果ばかり気にしてねぇか?

第3位は
「生きたいように、生きろ」
自分の行動に責任を持って、らしさ を貫け
俺、いつも、自分へ問いかけていることだけど・・・・実現できていない

この魂の言葉

徳川の息子として生まれ
戦いの中にいる偉大すぎる父親と、
それを受け継いでいかなければならない2代目 秀忠
甘やかさず、怒り続けながらも、少しずつ少しずつ認めていった
父親としての家康   家族愛

退散する時に、「徳川に、誠の武将はおらんのかぁ」と叫ぶ幸村
それを撃とうと銃を構える自軍に
「弾は尽きた」と撃たなかった伊達政宗
自分の一番大事な家族を、敵将に預けると言う 男前な二人の関係
尽きない友情の証

家族と友情と強さと弱さ がいっぱい詰まった
久しぶりに全部感動しながら見たNHK大河だったなぁ

戦国時代
武士らしく戦場で死ぬことが、武士の誇りとされていた時代

「私は命が惜しい。 だから決して死なない。 必ずここへ戻ってくる」

それが、六文銭を握り締めて言う言葉っすか?

カッコ良すぎるよ   真田幸村

アッパレ過ぎるよ  鹿島アントラーズ

感動を   ありがとう













2016年12月18日日曜日

武勇伝

本来は、戦国時代の老兵っていうか
年老いて戦場に出なくなった武士の
若い時の手柄話なんかを言うんだと思うんだけど

消防ならとりわけ
「若い時はオメェ、俺なんか火の中に飛び込んで
何人も助け出したもんよ!!」
とか言っちゃってる
単なる、無鉄砲な命知らずで目立ちたがり屋の大迷惑な大先輩
ってとこかな?

助けたんだから  本当の話なら   手柄っていえば   手柄だけど・・・・・

まぁ 一昔前の消防は
根性と気合と体力だけで救助活動してたところがあったからなぁ

今は、そんな救助隊員はいないけどね

何度も書くけど
命懸けで人命救助活動をするけど、命知らずではない

非番の朝には、元気に家に帰って
また次の日に、元気に消防に出てきてこそ
一流の救助隊員だ

あとは、若い時に志を起てて逆境に耐え
苦労しながら頑張って、成功した人のエピソード

それが、「武勇伝」 だと思うんだけど

なんだか最近は 武勇伝 ≒ 若い時に犯した罪

若い時に、悪いことをしていたことを自慢するオッサンたちが
今の自分を自慢する時に話すことを「武勇伝」だと思ってるみたいだな

無免許でバイク乗ってた
教室抜け出して、校舎の裏でタバコを吸ってた
高校生の時には麻雀とパチンコで殆ど学校行ってない
もっと凄いのは
喧嘩上等とか、どこから来た日本語なのか解らないけど
その筋の方に知り合いがいるとか
シンナー吸ってたし、大麻も吸ったことある  とか それって自慢なの?
更に更に
あそこの店のガラスぶち壊してやった
他の族の集会に一人で木刀持って・・・・

をいをい  お前は門田紋乃丞か?   って感じ

どこまでが本当の話なのか判らないけど
本当だとしたら、普通、それって 隠さないといけない
人には知られたくない過去なんではないんですか?

「そんなことしてた俺が 今ではこんなに立派になりました」

って自慢して
今は、バカなことしてても大人になって頑張れば
みんなも立派な社会人になれるぞ・・・・・ってが?

どこまで ハンカクセ のよ?

そんな話を聞いた中高生の中には
若い時はそれぐらい ヤンチャなことしなきゃ ダメなのかな?
とか、勘違いする奴等もいるかもしれないぞ?

どうしてくれんのよ  この先の日本を?






2016年12月6日火曜日

一二〇八

ニイタカヤマノボレ一二〇八

75年前、真珠湾を攻撃する命令が打電された

その後攻撃隊が、 トネガワクダレ を受電することは無かった

日本は、自ら戦争を選んで突き進んでしまった

今はロシアのものとなってる北方領土の択捉島
そこに集結していた第1次攻撃隊はハワイへ向かった

当時の帝国軍人は
この攻撃が宣戦布告なしのルール違反による「奇襲」だと気付いていただろうか
神国日本がそんな卑怯なことをするなんて、誰も思うはずも無く
強襲であると勘違いしていたんじゃないかと・・・・

戦争に、人を殺し合うのに、ルールなんて必要ない
勝てば、それが正義だ
速攻を仕掛け、短期間に終わらせる・・・・

トラ   トラ   トラ

奇襲に違いないけど・・・・

「勝利せり」 ではなく  「成功せり」  と打ったのはそういうことか?

日本の戦争映画が大好きだった俺は
日本目線からだけのシナリオしか知らずに育った

ともすれば、太平洋戦争の日本を正当化するような偏った内容
相手国の軍人を撃って殺せばヒーローだと錯覚するような内容
男なら、闘争心に火がつきそうなナレーション、映像、音楽、思想

戦後の平和な時代に
コーラを飲んでポテトチップを喰いながら見る「戦争映画」は
何の教訓にもならず、間違った思想を持つ人間を育てる

事実を知らずに頭にインプットされる情報は
操作されていることにさえも気付かずに
ストレートに、しかもスンナリと俺の真ん中に入って来た

そんな昭和16年と平成28年では何が違うのか
新聞を見るたびに思うことは
各社全く違うことが書かれていること
新聞は新聞社の正義で書かれている

正義は、他にもあるかもしれない

とか
またまたややこしい内容になりそうなので(^^ゞ
そろそろ本題へ

その真珠湾に、安部首相が日本の総理大臣として戦後初めて訪問する

今年、オバマ大統領がアメリカ大統領として初めて
自分たちが原爆を落とした地、広島を訪れ

犠牲者に哀悼の意を示した

安部総理は真珠湾で何を話すのか
日本国の代表として過去を詫びるのか
それとも
謝罪はなく、犠牲者を慰霊するだけなのか

日本人としては、せめて
言葉に出さなくとも
文字として残さなくとも

心の中では 謝罪してきて欲しい

そして、
二度と国民と国民が殺し合うことはない  と
犠牲者に誓ってきて欲しい

真珠湾の奇襲に始まり
広島・長崎の破滅で終わった戦争

両国のトップが、やっとお互いに、その地を訪れる 「とき」 が来たという
今の恒久的な平和を、両国民は望んでいる

そして両国は
今も地球上で絶えない 国や民族や宗教の違いによる争いを

やめさせる

そんな役割と責任がある

それが 日本とアメリカだ