この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2016年10月29日土曜日

祝 日本一

そうですね

ファイターズ サイコー

すし  ダイスキィ~

ありがとう
北海道日本ハムファイターズ

日本一



2016年10月21日金曜日

北斗市 最高峰

秋の陽射しに映える紅葉と絶景を求めて
北斗市最高峰である 二股岳(825.6m)を登ってきた

この時期は、冬眠前の餌を求めて
熊さんたちも野山を探索している

そこにノコノコと人間が入っていくんだから
少人数では絶対に行ってはいけない

まして、俺たち夫婦みたいな  トレッキング初心者は
あまり人が入らない山に
興味本位だけで入っては絶対に ろくなことにならない

恐いもん知らずのオッカちゃんと
命根性が汚い 俺

北斗市の広報誌で山岳会が二股岳登山を募集をしていたので
直ぐに参加を決意

当日参加は50人ぐらいかな

結構 集まるもんだなぁ

でも 皆さん 本格的
なんとなく御高齢の方が多いような

そんでもって 女性が多いような・・・・


そんなに山奥に入らないのに
早くも、熊さんの 粗相の後を発見

流石ベテランの人達は、こういうの見つけるんだねぇ

俺たちだけなら気がつかなかったし
踏んづけて歩いてたかも・・・(^^ゞ


こんな険しいところも、皆で歩けば  恐くない

紅葉も綺麗だし
他人とのコミュニケーションが苦手な俺も
なんとなく気分は 高揚する

山は 何か神秘的なものを感じるね


稜線を歩き
電波反射板が見えれば     まもなく山頂

北斗市で一番高い山なんだから、360度パノラマ

絶景が待っている            
                                                   筈だった


あ

あ

あれっ?                絶景は・・・・・・




まぁ  こんなこともあるさ

とにかく 怪我もなく、熊さんに遭遇することもなく
楽しい時間を過ごせただけでも  儲けもんだ

また、「来年も参加しよう」と心に固く誓い
二股岳にお別れ

朝9時に登って
家に帰ってきたのは 午後4時頃               疲れたぁ

おまけ  ↓

以前から計画していた
オリジナルステッカー作りに着手

乱土狂砂PRADO

この当て字を考え付いたときは
我ながら・・・・ヤンキーだなぁ~ と(^_^;)



文字をセッセセッセとカッターで切り抜き

世界に一枚しかないステッカーが  ついに完成

カッコイイ!!!!!自画自賛

乱れる土
狂う砂

ランドクルーザーにピッタリじゃねぇ~か
特許申請しようかな    誰もマネすんなよ

60近いオッサンは
未だに、こんなことが大好きな少年なのだ



2016年10月19日水曜日

充電

11月から 出張が続く
寒くなるし、雪が降るし
雪虫が飛び交って、外はランニングできなくなるし

個人的には
北海道のこの時期が一番    嫌い

早く、真っ白な世界にならないかなぁ

その11月を何とか乗り切るために
充電してきました

とは言っても
俺の休日なんか、ほぼオッカちゃんに付き合わされるだけの
奴隷のようなもんだ

エアロビクスの最中に足を捻挫したという娘のお見舞いに・・・・札幌へ
その帰りは、例によって神社巡り

まぁ これは俺も嫌いではないけど


一発目は  喜茂別神社

札幌の帰りは羊蹄山の麓を通るので
いつもはこの道は通らない







たまにルスツ経由で帰るときに
鳥居は見ていたけど

階段登ってワザワザ見に行くほどの
神社でもないべ?  と軽く見ていた

ところが

な  な  なんと    階段を上ると


ジャ~~ン

凄い 社殿が待ち構えておりまして  ビックリポンです

ワヤ 綺麗

ワヤ 厳か

ワヤ 絶景


天気が良いと

羊蹄山が ドッガ~ンと
凄い存在感で目に飛び込んでくる・・・・ はず

残念ながら、この日は見えなかった(涙)

いい感じに ゲゲゲの鬼太郎やネコ娘がいそうな雰囲気



手水舎は既に凍結防止のために
水は流れていなかったけど

普段、手入れが行き届いているのは 判る
数多く、手水舎を見てきた

俺の眼力には   そう写る



そして、しばらく走って
この日のメインイベントである

虻田神社

ワザワザ遠回りしてきたのは

ここを参拝するためでした


文句なし!!

流石 HO で紹介されただけはある

手水舎は、やはり 水は流れていなかった(T_T)/~~~

残念だけど、これは仕方ないな



龍神様もしっかりと清掃されていて

綺麗です

落ち葉も溜まっていない

柄杓の置き方で手入れの度合いが判ります



そして  本殿

やはり
神社に階段があると  厳かさが 違う

真ん中に手摺があると
間違って神様の通り道を  歩くことも無い

虻田神社は
災害や高速道路の建設で
何度か移転し

やっとこの場所で
現在落ち着いたようです



本殿から下を見下ろせば

長い参道と階段

神様を参拝するには
何かしらの苦労をして
初めてお会いできると言うことか   な?



御朱印ガール?  のオッカちゃんは社務所で
2冊目となった御朱印帳にスタンプ

オッカちゃんに、スタンプと言うと     ワヤ怒られるのだ

「これはねぇ   記念スタンプじゃないの!!」
「御神体と同じなんだよ!?」

俺には、どう見ても   記念スタンプラリーにしか  見えないけど・・・・・・



そして

長万部で、リベンジ


浜ちゃんぽん   に行ってきた


今度こそ
一番人気の  あんかけ焼きそば を喰ってやったぜ

しかも 醤油と塩  プラス チャーハンも
喰ってやったぜ    どうだ!!




結論

浜ちゃんぽん は 浜ちゃんぽんではなく
あんかけ焼きそば が一番    ウマイ

ボリュームも   凄い

長距離トラックの運転手さんたちは
みんな これを食べてたから   間違いない

浜ちゃんぽんの、あんかけ焼きそば     恐るべし

俺の充電期間は

こうして

オワタ






2016年10月2日日曜日

奇跡は軌跡

日本ハム ファイターズ パリーグ制覇 おめでとう

学生時代、野球をやってたわけでもなく
野球ファンではない
どちらかというと、野球は 好きではない

野球選手の名前なんか ジャイアンツしか知らなくて
でも、巨人軍というのが球団名だと思っていたり
巨人の星は見てたけど
野球選手になりたいなんて、一度も思ったことはない

親父とキャッチボールなんてしたことないし
だいたい、家にグローブやボールはなかった

半ば強制的に入れられた 職場の野球チームは
練習には殆ど顔を出さず
フライもゴロも取れなくて、振ってもバットに当たらない
試合中はいてもいなくてもいい、起ってるだけの1塁コーチャー

リー リー リー  ってなんだ? って感じ(笑)

相手のエラーとピッチャーのピンチには
人一倍大きな声で、罵声を浴びせるのが 俺の役目
あんまり非常識な罵声を浴びせるので
主審から怒られる始末

在籍3年でお払い箱でした (爆)

そんな俺が テレビで野球を観るようになり
札幌ドームや函館のオーシャンスタジアムに
日ハム戦を応援しに行くようになってしまった

野球って おもしろい
そう変えたのは  日本ハムであり 新庄選手だった

最大11.5ゲーム差 って どんな意味なのか
どれだけ凄いことなのかも よく解らないけど

諦めずに、追いかけ 追い越し 4年ぶりのパリーグ優勝を勝ち取った

努力は必ず報われるなんて 思ってはいない

どこかで諦めなければならないこともある
でも、最初からあきらめて、何もしない男にはなりたくない

必要なのは いつまでも、追いかけること

追いかけ続ければ、いつかは追いつくことができる可能性はある
そして、目指す場所に近づくことができる
そして、追い越すチャンスが生まれる

奇跡はそれを継続してきた軌跡の結果

「夢は正夢」
その言葉の続きは
「夢を正夢にすることを追い続けること それが大事」

42.195キロを4時間半かけて走る俺が
オリンピック選手を夢見たっていいじゃないか
ケニアのエリウド選手を追いかけたっていいじゃないか

追いかけ続ければ
エリウド選手の記録に1秒でも近づける
1メートル近づける

湘北高校バスケットボール顧問、安西先生が言っていた名言
「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」

試合終了のホイッスルを吹くのは 自分じゃないんだ
ゴールはどんな形であれ、必ずやってくる
そのゴールで素晴らしい眺めを見ることができるのは
あきらめずに頑張った者だけが獲得する 権利だ



たまに 自分の言葉に 酔う時がある(笑)

俺の脳は、そんな風にできているらしい(撃沈)





2016年9月23日金曜日

洞爺湖と支笏湖

三連休 遊びまくってやったぜ

昨年の茂辺地キャンプに続き
今年は仲洞爺キャンプ場だ

20年前に一度行って
子供たちも凄い満足して帰ってきた記憶がある

最近の高額なオートキャンプ場とは、一線を画する

安くて、綺麗で、ワイルドで、湖畔の直近にテントが晴れて
ペットがOKで、夜は焚き火もOK
近くに温泉があり、炊事場も多く、管理人も優しい

なんといってもゴミの処理に困らない徹底した分別と
収集場の整備は、本当にありがたい

夜中にドンちゃん騒ぎする輩もいないし
キャンプする人達のモラルが高い

そんなお気に入りの 仲洞爺キャンプ場

20年前の記憶を辿りながら
着いたのは午後2時ころ

なんと!!・・・・・超 満員

テントサイトなんて区分してないから
何処に張っても大丈夫だけど
それすら 空いてない

三連休の午後に到着すれば こんなもんかぁ・・・・
20年前は全然余裕だったんだけどなぁ
とか、オッカちゃんと愚痴りながら
負け組みの俺たちは
周辺をグルッと廻って
やっとテントが張れそうな場所を発見

それは、駐車場横の芝生(>_<)

まぁ イイかぁ
車の心配することないし
荷物だって直ぐに降ろせる
考えようによっちゃ     これは  オートキャンプ場だ

炊事場まではチョット遠いけど

ベテランキャンパーの俺たちにとっちゃ
そんなこともアウトドアの醍醐味だ!!

と
負け組みならではの納得の良さ


普通ならこんな場所で
キャンプする奴なんて いないわ(笑)

管理人に確認したら
「あんた達がイイなら、いいけど・・・」
みたいな曖昧な返答だったので

「全然オーケーでぇ~っす!」 と元気よく回答してやったぜ

むしろ、あずましくて イイわ(^^ゞ

最初は俺たちしかいなかった
駐車場横の芝生サイトも

時間の経過と共に 徐々に 負け組み が集まってきた

 「ここぉ~ 張っていいんですか?」

「あぁ イイみたいだよ
    管理人に確認とってあるから」

「混んでますよねぇ~」      ハッハッハ



と何故か
お互いに 笑い出す 負け組みの連帯感

まぁ こんな時間に来て 空いてるわけがない
キャンプ人口って 増えてるんだねぇ

そんな、駐車場での意外と楽しいキャンプ場を後にして
翌日は

支笏湖でカヤック遊び
 生憎、鏡のような湖面ではなかったけれど

少しぐらい波があったって
俺たち冒険家族はヘッチャラさ

いつもは、インドアな次男も
この日ばかりは、子供のころを
思い出して楽しそうだった

漁師の血は、脈々と受け継がれていることを実感する(^。^)

俺は一人で乗りたいんで
センスの欠片もないオッかちゃんは、次男に預けた

マザコン息子と子離れできない母親には
ちょうどいいべ(^◇^)


透明度もイマイチだったけど

遊びに来たときは
どんな状況だろうと 楽しむ


せっかく遠いところまで来て
ガッカリして帰るよりも

楽しくなくても

これが楽しいんだ!!

楽しい と思い込むことが大事だ(*^_^*)

そして帰りの車の中では

「いやぁ~ 意外と楽しかったなぁ?」という会話しかしない
という、暗黙のルールを作っておく

それが 我が家の ルール

洞爺湖も支笏湖も

意外と  楽しかったぜ

年一回のキャンプ

来年は何処に行こうかなぁ~
楽しみだなぁ~








2016年9月13日火曜日

社外エアロ

会社の外で エアロビクスやってます

ちゃうわい!!

ワシのマイカーに 社外エアロ ば換装したんじゃ

そうや
いい歳こいて
社外のエアロパーツを換装したんじゃい

しかも、タイヤがチョビッと はみ出してしもたけん
バーフェンまで付けて ツライチ ですわ

もちろん、そこは公務員じゃけ
全て車検対応に決まっとるでごわす

バーフェンは、構造変更申請が要らない 9ミリですたい

ただ
社外はやっぱり ピッタリフィット とは行かないのは
最初から覚悟はしていたものの

まぁ でも今回換装したメーカーのエアロパーツは
今までの中ではフィット感はピカイチです


でも・・・・・やっぱり気になる 神経質な俺

たったこれだけの隙間でも
その内、細かな泥が入り込み
両面テープが利かなくなって

終いには剥がれて
カパカパになって
どうにもこうにも行かなくなる
それが社外エアロの 宿命



そんな経験を
過去何回もしてきた

TRDもモデリスタも カッコイイし
純正品は 気持ちがいい程 ピッタリ収まるのも 知っている

でも、敢えて 社外にしたのには理由がある

こっちの方が カッコイイからさ・・・・・単純明快


んでもって

やっちまいました 隙間埋め作業

先ずは
カーブを描ける細いマスキングテープで養生

その後から 太いテープを被せて
キッチリ 養生

その辺は、性格が現れる





そして
ホーマックから312円で買ってきた
コーキング剤

コニシ ボンドシリコンシーラントで
きっちりコーキング



更に
5ミリのヘラで
余計なコーキング剤を除去


乾かないうちに
素早くマスキングテープを剥がす

へっへっへ

予想外に旨く行ったぜ

バーフェン  6分割 完了!!




この調子で
FとRのスポイラーも

一気に仕上げた

成功 成功  大成功 ヽ(^o^)丿


いまでも
気持ちは 免許取立て 18歳

行啓通りと漁火通りを 行ったり来たり・・・・なんてことは していない

 公務員ですから!!


いつも俺たち傷だらけ
汗にまみれて陽が暮れる

だけどハートはジミーのように
とびきりいかした lonely angel

しらけていたって 時は過ぎるし
だまっていても 朝は来るけど

キラメキ求め 走り出すのさ
夜風に誘われ
飛ばすぜ Higiway

オールナイトのステージ           by Johnny ジェームス・ディーンのように

ってなわけには
流石に行かないけど

車いじってるときの俺は

あの頃の lonely angel のままさ    (^^ゞ







2016年9月7日水曜日

40年前

いい歳こいて 未だに

四輪車 大好き
二輪車 もっと大好き
自分の脚で走るのは   超大好き

夢を叶えられるなら
パリダカに出たい
鈴鹿8耐にも参戦したい
水と食料を背負って サハラ砂漠を
ぶっ倒れるまで走ってみたい

そんなことを考え始めたのは
もう40年も前のことだ

そんな  ある日

あれは やってきた

夏休みが終わり
授業になんか、まるっきり身が入らない
昼休み終了後の 超 眠い時間帯

楽しかった海岸での日々を思い出し
3階の教室の窓から  ボォ~ っと空を眺めていた
俺の頭上を、とんでもない爆音と共に

そいつは やってきた

ミグ25戦闘機


「なによ 今の!!?」
「ジェット機 だ  ジェット機 凄ぇな」

と、一人が騒ぐと、釣られて みんなも騒ぎ出す
典型的な 17歳

とんでもないことが起きそうな予感を察した  俺たち

何事もなかったように授業を進める 教師

「日本の自衛隊機が こんな低空を飛ぶわけないべや」

そんなことぐらい
いくら、はんかくさい俺たちでも 解るさ

俺たちは この無頓着な教師から 何を教わろうっていうんだ?

その日から
津軽海峡は厳戒態勢に入った

親父の   「ロスケ が攻めでくる」  と言った言葉が忘れられない

漁に出ることはできない
今の時代、そんなことが起きるのか?
当時は東西冷戦、そんな時代だった

東西って どごよ?
アメリカとソ連だけだべや

やっぱりはんかくさい17歳は
そんなことぐらいしか、考える知識がなかった

親父たちの世代は 旧ソ連のことを ロスケ って呼んでた
ロシアの人達 ゴメンなさいm(__)m
今は、そんな呼び方する日本人はいませんよ

日本人が ジャップ と呼ばれていたのと同じです

40年前
そんな遠い昔の話ではない