この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2016年9月13日火曜日

社外エアロ

会社の外で エアロビクスやってます

ちゃうわい!!

ワシのマイカーに 社外エアロ ば換装したんじゃ

そうや
いい歳こいて
社外のエアロパーツを換装したんじゃい

しかも、タイヤがチョビッと はみ出してしもたけん
バーフェンまで付けて ツライチ ですわ

もちろん、そこは公務員じゃけ
全て車検対応に決まっとるでごわす

バーフェンは、構造変更申請が要らない 9ミリですたい

ただ
社外はやっぱり ピッタリフィット とは行かないのは
最初から覚悟はしていたものの

まぁ でも今回換装したメーカーのエアロパーツは
今までの中ではフィット感はピカイチです


でも・・・・・やっぱり気になる 神経質な俺

たったこれだけの隙間でも
その内、細かな泥が入り込み
両面テープが利かなくなって

終いには剥がれて
カパカパになって
どうにもこうにも行かなくなる
それが社外エアロの 宿命



そんな経験を
過去何回もしてきた

TRDもモデリスタも カッコイイし
純正品は 気持ちがいい程 ピッタリ収まるのも 知っている

でも、敢えて 社外にしたのには理由がある

こっちの方が カッコイイからさ・・・・・単純明快


んでもって

やっちまいました 隙間埋め作業

先ずは
カーブを描ける細いマスキングテープで養生

その後から 太いテープを被せて
キッチリ 養生

その辺は、性格が現れる





そして
ホーマックから312円で買ってきた
コーキング剤

コニシ ボンドシリコンシーラントで
きっちりコーキング



更に
5ミリのヘラで
余計なコーキング剤を除去


乾かないうちに
素早くマスキングテープを剥がす

へっへっへ

予想外に旨く行ったぜ

バーフェン  6分割 完了!!




この調子で
FとRのスポイラーも

一気に仕上げた

成功 成功  大成功 ヽ(^o^)丿


いまでも
気持ちは 免許取立て 18歳

行啓通りと漁火通りを 行ったり来たり・・・・なんてことは していない

 公務員ですから!!


いつも俺たち傷だらけ
汗にまみれて陽が暮れる

だけどハートはジミーのように
とびきりいかした lonely angel

しらけていたって 時は過ぎるし
だまっていても 朝は来るけど

キラメキ求め 走り出すのさ
夜風に誘われ
飛ばすぜ Higiway

オールナイトのステージ           by Johnny ジェームス・ディーンのように

ってなわけには
流石に行かないけど

車いじってるときの俺は

あの頃の lonely angel のままさ    (^^ゞ







2016年9月7日水曜日

40年前

いい歳こいて 未だに

四輪車 大好き
二輪車 もっと大好き
自分の脚で走るのは   超大好き

夢を叶えられるなら
パリダカに出たい
鈴鹿8耐にも参戦したい
水と食料を背負って サハラ砂漠を
ぶっ倒れるまで走ってみたい

そんなことを考え始めたのは
もう40年も前のことだ

そんな  ある日

あれは やってきた

夏休みが終わり
授業になんか、まるっきり身が入らない
昼休み終了後の 超 眠い時間帯

楽しかった海岸での日々を思い出し
3階の教室の窓から  ボォ~ っと空を眺めていた
俺の頭上を、とんでもない爆音と共に

そいつは やってきた

ミグ25戦闘機


「なによ 今の!!?」
「ジェット機 だ  ジェット機 凄ぇな」

と、一人が騒ぐと、釣られて みんなも騒ぎ出す
典型的な 17歳

とんでもないことが起きそうな予感を察した  俺たち

何事もなかったように授業を進める 教師

「日本の自衛隊機が こんな低空を飛ぶわけないべや」

そんなことぐらい
いくら、はんかくさい俺たちでも 解るさ

俺たちは この無頓着な教師から 何を教わろうっていうんだ?

その日から
津軽海峡は厳戒態勢に入った

親父の   「ロスケ が攻めでくる」  と言った言葉が忘れられない

漁に出ることはできない
今の時代、そんなことが起きるのか?
当時は東西冷戦、そんな時代だった

東西って どごよ?
アメリカとソ連だけだべや

やっぱりはんかくさい17歳は
そんなことぐらいしか、考える知識がなかった

親父たちの世代は 旧ソ連のことを ロスケ って呼んでた
ロシアの人達 ゴメンなさいm(__)m
今は、そんな呼び方する日本人はいませんよ

日本人が ジャップ と呼ばれていたのと同じです

40年前
そんな遠い昔の話ではない








2016年9月5日月曜日

打ちのめすつもりが・・・・

完膚なきまでに・・・・
とは行かないまでも

台風10号の奴
よりによって、俺んとこの左側を通りやがって

台風は反時計回りだから
右側は台風の風と移動の風が同じ方向で
「倍付け」 になって、風が ワヤ強いってのは
おそらく小学生でも解ってる話

今回は、まともに喰らっちまった

風が強いぞ!!
用心はしていたものの
風そのものを止めることは誰にもできない

暗くなった夜の街中を
屋根は飛ぶは、トタンは宙を舞ってるは
ゴミステーションは道路を縦横無尽に転がってるは
建物の損壊はかなりのものだ

でっかい木も倒れ、電線を切断し
3日間も停電になった

消防には非常電源があるから
燃料さえ確保できれば
指令業務に支障が出ることはない

でも、住民の方たちの家は、そんなものあるはずもなく
夏場の停電は冷蔵庫が利かなくなり
保存してあった食料は廃棄するしかなかった

国道沿いの大きな松の木が倒れ
急ブレーキが間に合わず車が突っ込んだ
幸い、怪我人は出なかったけれど
もう少しタイミングがずれていれば大事故になるところだった

直径1メートルもある大木が風で倒れるなんて・・・・

瞬間最大風速は消防署の観測で
36メートルだ
こんなの経験したことがない

119番は鳴りっぱなしで
最新鋭の指令台でも、その処理能力を超えてしまった
おそらく通じなくて、電話を切ってしまった方もいたかもしれない
119番は住民の方と消防とを繋ぐ 命綱
被害が出そうな事案は応急処置を施し
被害が発生してしまった事案は
二次災害防止の処置しかできない

台風が通り過ぎ、一時は治まった119番も
夜明けと共に、被害が明らかとなり
再び、鳴り響いた

通報内容を聴取し
現状で危険と判断し、緊急を要する事案から
優先順位を決めて対応し
それ以外は、家族で、隣近所で、町内会で
対応してもらうことをお願いするしかなかった

そして、とうとう管内の大動脈である道道が
決壊して通行止めになってしまった

道路に土砂が崩れたのではなく
道路自体が崩落した

これは復旧までに相当時間がかかる

陸の孤島になってしまったわけではないけれど
迂回しての救急搬送に遅延が生じ
火災などの第1出動でも到着が遅くなる

相互応援協定に基づく対応を隣接の消防にお願いし
なんとか乗り切って
住民の生命身体財産を守り
安心安全を確保していかなければならない

一日も早い復旧を願うばかりです


こうして、地球は、
「もっと凄いことが起きるかもしれないぞ?」
「ちゃんと事前準備しとけ!!」

 と 人間に警告を発している

そのことに無頓着でいることは
決して、許されない





2016年8月29日月曜日

台風って 恐いんだ

立て続けに北海道を襲った3っつの台風
道南地方は若干暴風域には入ったものの
何とか逸れてくれた

こんな時期に北海道に3っつも台風が来るなんて
あんまり記憶にない

道東地区では犠牲者も出てしまい
土砂崩れで孤立した地区や
避難指示や勧告が出され、甚大な被害が出た

常呂町は毎年お世話になるSAROMAのゴール地点

俺の夢と希望、挫折と再起、士気と行動力
そして、ネガティブとポジティブの交差点

その源である、あの地域が被災している
なんとか早く復旧して
元の雄大で穏やかな北海道に戻って欲しい

でも、今度は台風10号が 怪しい動きをしながら
道南を目指しているようだ

あっちに行け!

と追い返せるなら  と思うけどそうも行かない
自然の驚異

破壊力との戦いが避けられないなら
少しでも被害を小さくすることが大事
その為に やることは

事前準備 しかない

横を通り過ぎて行った 台風を見て
気が緩んでる道南地域の人たちに

いや、むしろ防災に携わる 俺たち自身に

津波が来たって・・・・・ 大したことはない
地震だって・・・・・大したことなかったし
台風だって・・・・・大したことないべや・・・・きっと

正常性バイアスに支配されないように
しっかりと事前準備して

台風10号を、返り討ちにしてやるぜ

来るなら来やがれ!!





2016年8月15日月曜日

戦争反対

8月15日

世界各国で捉え方は様々だけれど

ポツダム宣言を受諾した翌日に
天皇陛下が玉音放送により
日本の無条件降伏を国民に伝えた日

それが8月15日 終戦記念日

8月6日に 広島に人類史上始めての原爆が投下され
3日後の8月9日には、更に長崎にも投下された

この2回が
地球で核兵器が使用された最初と最後にならなければならない

3回目は 絶対にあってはならない

戦没者を追悼して、平和を願う日

この8月15日が、この先変更されることがあってはならない


戦争は終わった
もう二度と戦争をすることはない
地球上に「兵器」と言われる
人を殺すための道具があってはならない

国と国がその威信をかけて戦うのは
オリンピックだけにしてくれ
そして、勝っても負けても
お互いの健闘を称え合う


戦争反対だ

絶対に反対だ



でも、もし日本が某国に攻められたら

俺は戦うかもしれない

国と家族を守るために・・・・・


そんな矛盾した考えも、脳裏をよぎる

そうならない為に
戦争反対を叫び続ける

絶対反対だ

絶対にだ








2016年8月8日月曜日

涙が・・・・

それほどまでに

この国を 国民を

思っていて下さったとは

天皇皇后両陛下が慰霊で訪れたペリリュー島で
頭を下げた、あの時の思い

災害があるたびに被災地を訪れ、被災者に寄り添う姿

いつも、いつの日も、心は国民とともに・・・・


その行動が難しい年齢になってきたという
天皇としての行為が全うできないなら
その行為そのものを減らせばいいのか

それとも退位して次に譲位すればいいのか

崩御された後の追悼と、新天皇誕生の祝賀
家族としては辛い一年になることは間違いない

その全ての思いを語られた 天皇陛下

その お気持ちに

涙が止まりませんでした



『 国民の理解を得られることを、切に願っています 』

と最後に語られました


私たち国民も 天皇家の幸せを願っています





2016年8月6日土曜日

ひろしま

あの日の8時15分

絶対悪が広島の  街を   人を   歴史を
一瞬で地獄へと落とした

日本だけの非核三原則に何の意味がある

核兵器のない 存在しない 世界

それが、日本人と被爆者たちの思いだ

ボタン一つで何人の人間を殺すことができるかを競い合い 
挙句の果てには15000発も作っちまった

地球を壊す気か?


戦争反対
核兵器反対

狭く小さい地球で
未だに争いが絶えない

俺たちは 人間は  この星の生物は

   いったい なにやってんだ