この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2020年12月8日火曜日

John Winston Lennon

I will never forget you

You are

Stay alive in me


2020年11月29日日曜日

函館山とペット

 久しぶりのナンチャッテ登山

熊はいないし、近いし、今は観光客もいない

一番手ごろな山でありながら、未だ全てのコースを制覇していない

未知の山、函館山に行ってきた


ここは、ペット禁止

と以前オッカちゃんから聞いていたので

散歩がてら行ける山なのに残念だなぁ・・・とずっと思っていた

今まで、あちこちの近隣の山を、ボンちゃん連れて行ったけど

ペット禁止というところはなかった



赤川の寅沢林道にだって
ボンちゃんは一緒に行ったし








ボンちゃんは
川が大好きだ


渡渉だってするし








かもめ島の海だって
大好きだ


と  思う









恵山だって

GLAYと同じ場所で歌ったし






駒ヶ岳で
ウンコもした


もちろん持って帰ったさ







蝦夷松山っていう山にも
連れてった


少々ハードで
途中のガレ場は
ボンちゃんを担いで登ったけど

ボンちゃんと見る
山頂からの景色は


格別だった






毎日見ている
1000メートル越えの山
横津岳山頂のレーダーだって

一緒に行ってきた








今年は、たくさんたくさんボンちゃんと登ってきた

登山にペット(犬)を同行させることに、賛否両論あることは知っている

反対している人たちの意見も、肯定派の意見も

どっちも正しくてどっちも矛盾している

俺から言わせたら

人間は自然の中の生き物

人間が自然の中に入っていくこと自体、自然破壊だという人たちの考えが理解できない

そこに犬を連れていくことに反対する理由は、何処にあるんだろうか

逆に、自己責任でペットを同行させてるんだから文句言うな

という飼い主にも一言、言いたい

自己責任って  何すか?  どう責任取るっていうの?

責任取らなければならないようなペット同行はしないでくれや!!

まぁまぁ 訳の分からない論議は、どうでもいいってことで


そんなことより

函館山にペットを連れて行ったら ダメ

という、根拠のない噂を何とかしたいと思って

久しぶりにブログを更新しています


真実はここにあります ↓

函館山登山道におけるペット持ち込み禁止コースについて

要するに、入っちゃダメなコースがあるよってことだ

全コース禁止ではない

入っちゃダメなコースの入り口には

こんな標識が立っている


ところどころにあるもんだから

逆にこれが、勘違いの元かもしれないけど

実は以外に、ほとんどのコースがOKだ


もちろんリードを付けて入ることが、基本中の基本

ウンコも持ち帰ること

登山者とすれ違う時はリードを短くして待つこと

ワンちゃんの水分補給と体調管理をしっかりすること

こんなところをしっかり守れば

犬と山を登るのは、とても楽しい


本来、猟犬である柴犬だもの

山が嫌いなわけがない


常に俺の前を歩くし

グイグイ引っ張ってくれるので

登りは楽だ




今日のベストショット


夕日に映える函館市街をバックに

ボンちゃんとのツーショット


西日が眩しい




そういえば

函館山でペットを連れて登ってる人って

今まで見たことが無かったなぁ・・・・・

おそらくみんな勘違いしている。というか

勘違いしている人から聞いた話を、鵜呑みにしちゃってる。というか

いずれにしても、函館山はペット OKっすよぉ


犬が嫌いな人も、大好きな人も

お互いマナーをきちんと守って

自然を 楽しみましょう



2020年11月4日水曜日

やるな! 北斗市

 何と言っても、お隣さんに国内屈指の観光地 函館があるもんで

今一つ、観光という面では後れを取っている 我が北斗市

でも、今回は凄いぞ

おそらく他の都市じゃ、ここまで奇麗に鮮明に映し出すことは不可能だろうと

勝手に勝利宣言します


どうっすか これ

まるで鏡に映したような

上下対象の芸術

幻想的に沼面に映るその姿は

神秘的でさえある



先週の日曜日

オッカちゃんを職場に迎えに行った帰り

デートを兼ねて八郎沼で開催されている

北斗紅葉回廊 に行ってみた

正直に言うと、「どうせ大したことないべ?」と思っていたし

八郎沼公園は昼間には何度も行ったことがあって

自然あふれる広大な自然、広いことは広いけど・・・・それで?

みたいな

観光地というよりは、身近にある地元の公園というイメージしかない


ところが、行ってビックリもみじの木

素晴らしいの一言

これは使える、春の桜回廊、秋の紅葉回廊

セットで2回北斗市に来てもらえるようアピールするべきだ

しかも、その美しさは美瑛町にある 青い池 に匹敵するぐらい素晴らしい

あちらも人工池なら、こちらも人工沼だ

詳しくは知らないが、牛に水を飲ませるために掘った池だったらしい

池がいつから沼になって、何故 八郎沼って言うかも俺は知らない

おそらく八郎ってぐらいだから、人の名前だろう・・・・

今回初めての試みだというし

コロナ禍で露店なんかはなかったけど

「あったかい鯛焼きでも食べながら、ゆっくり見学できれば良かったね」

と、帰りの車の中でオッカちゃんと話した

とにかく、『イベントには食い物が必要』ということで二人の意見は一致

来年は温かい飲み物なんか提供して迎い入れれば

もっと集客が期待できるし

もっとこの素晴らしさを全国に発信できれば

北斗市の一大イベントに成長することは間違いなしだ

なんたって、どっちが空でどっちが沼なのかさえ判らないくらい

沼面に映る紅葉は色鮮やかだ


実は1枚目の写真は上下逆さま

これが、本当の写真


右側の沼面に照明がある


よく見ると、空はブルームーンで

うっすら明るい



森林に囲まれた丘陵地の窪みにある沼は

風が吹いても沼面が波立つことは滅多にない

それゆえに鏡面のような情景が生み出される

それに気付き、ライトアップを思いついた

北斗市に  乾杯!!

冬にも期待!!!



2020年10月4日日曜日

高レベル放射性廃棄物

泊原発がある北海道

原子力発電所を造った時点で

発生することが既に判っていながら

ゴミ捨て場も決まらない内にどんどん造っていって・・・どん詰まり


一時的にでも電気代が安くなって原発も悪くないな

何か事故があっても泊村は離れているし

と、思いながら

 北海道の原発から出る廃棄物ぐらい、自分たちの地域で処分しなきゃ・・・・

安い電気代という恩恵を受けてしまった道民にとっては

その辺の責任は負わなければならない

でも、自分の街には廃棄物を持ってきてほしくない

矛盾とエゴがグルグル交差する


おそらく、子供たちに残す将来の環境に必要なことは

先ずは、今ある原発を全て停止して廃止に向かうことからじゃないんだろうか

そこから、少しづつでもずっと遥か彼方の宇宙にでも

持っていくことはできないんだろうか

こんなに雨が降る日本、風が強い日本、太陽の光が降り注ぐ日本

違う形で電気を造れれば、それが一番いいんだと思う


その前に、今ある高レベル放射性廃棄物

どうすることが一番いい方法なのか、誰も解らないまま

改善しないまま、時間だけが進む






2020年8月9日日曜日

人生悟ったわけでは・・・

 久しぶりと言えば、久しぶりだけど

何もしてないわけではなく、現役の時よりも

アクティブに動き回っているし勉強もしている


防災と消防は似て非なるもの

知ってはいるが、事後の活動をメインにしてきた俺にとって

事前に備えるという分野は

なかなか知識の引き出しが少なくて、新たに叩き込まなければならないことが

山ほどあって

それはそれで緊張感のある日々を今も送れていることに感謝している


仕事日と休日の使い分け、特に気持ちの切り替えは

消防にいた時よりもメリハリがついたような気がする

それだけでなく

17時でスイッチを切り替えることも、最近は身についてきた

例えば

今なら市役所から帰宅しても、まだまだ明るいし

オッカちゃんとジョギングに出かけることもある


おそらく誰とも会うことはないであろう
こんな道をマスクを着けずに走ることができることだってできる
そんな環境に感謝

そして
長い間俺を支えてくれた女の背中を見つめて

お前も 歳取ったなぁ・・・
苦労かけたなぁ・・・と しんみりしたり

平日でも、17時以降なら時間を有効に使えることが判った

そして、休日は全開で遊ぶ
お金を掛けないで遊ぶことは現役の時から
変わらないけど

気持ちと頭を完全リセットするには自然の力を借りるのが一番で
そこにもう一人 最後の息子
ボンちゃんがいれば、この世は楽園だ
体力とバランス感覚は衰えを感じるが
小さな出来事や、ちょっとしたことで
幸せを感じられる術を習得したことは
自分の中でも驚きだった

61歳にして
人の生を、人の道を悟ったわけではないけれど
この女と この先 生きていけば
おそらく俺は幸せのまま死んでいけるような気がする
それだけで  いい

他に何もいらない











2020年7月28日火曜日

自作泥除け っす

久々の連続投稿
そういえば、裏庭のインターロッキング作業で
2カ月近くも遊んでやってなかったので

この4連休で少しハラックスにかまってやりました

楽天から半年も前に購入していたEVAの泥除けで
フロントのマッドガードを自作しました

以前はヒャッキンで購入した、プラスチックの板を切って
間に合わせで付けていたけど

これね
 ↓

いかにも安物で
間に合わせで作った感に
溢れています

しかも、透けてるし(笑)






今回、やっと本物の? 泥除け用シートで作成してやりました
HILAX君もご満悦です

おまけに ステッカーも自作しました
唯一無二 世界でたった一つの 泥除けっス


自分的に
ガッツリ気に入ってます

ステッカーは赤でも良かったかな?
と、チョッとだけ後悔してるけど・・・





もう小遣いもないし
残された道はステッカーチューンしかないんで
なんぼがんばっても性能はアップしない
ドレスアップという最高チューンで
凌いでいこうと考えている昨今でありんす

やっぱ ハイラックス  最高ックス!!





2020年7月27日月曜日

逃げ道

どうにもこうにもならない時って  ある
自分なりに結構頑張ったのに
結果がついてこない時だってある

やり切らなければならないことって ある
でも、万策尽きて八方塞がり
万事休すってことだってある

人が生まれるときは
自分の意志でこの世に出てくるわけではない
せめてこの世を去る時ぐらい と
思う気持ちは、理解できないわけでもない

生を全うするということは
意外と大変で、途中リタイヤを考える時だってある

最後までやらなくたって いい
結果なんて、人の評価はどうでも いい
自分がどう生きたいか
どういう人生を送りたいか     送りたくないか
何故、生きなければならないのか  死んではいけないのか

この世と違うもう一つの世があるのかは
知らないけれど
どこかで「逃げる」という道を作っていた方が良い

退路を断って  とか
背水の陣 とか
勇気ある行動の見本のような生き方なんて
しなくていい

逃げ道があることで、頑張れることってあると思う
生きるか死ぬかを選択するのも、一つの方法ではあるし
否定はしないけれど
右か左か、前進か後退か
突き進むのか、逃げるのか
そんな選択肢もあることを忘れないで欲しい

どんなことがあっても死ぬな
与えられた人生を全うしろ
なんて、軽はずみには言えないけれど
命を絶つというのも
手段の一つなのかな?っていうのは
もっと違うような気がするし、それも あり かな?
と思う自分も いる

今回の事件
その人にとって何が最善だったんだろうか
何故生きていかなければいけないのか?
そう感じさせてしまう社会じゃなければ
こんな事件は起きなかったはず

安楽死は尊厳死なんだろうか

きっと
そういう問題ではないのかもしれない


2020年7月3日金曜日

知事から領収書

「エールを北の医療へ」
新型コロナウィルスと日々闘っている
北海道の医療関係者に感謝の気持ちを込めて

特別定額給付金で、ふるさと納税から寄付したぞ
その領収書が 鈴木知事から届いた
まぁ~ 知事が送ってくれたわけではないけどね(´▽`)



なんとなく薄くボンヤリと
数字が見えるところが
偽善者っぽくて ワイルドだろ!?


マイナンバーカードを持ってるから
10万円の申請だって
スマホでチョチョイのチョイだった





正直なところ
俺は公務員だし、辞退するべきなのか迷った

けど
活きたお金の使い方をすれば
そっちの方が世の中のためになるんじゃないか?
一部は寄付して
残りは、苦境に立たされている市内の飲食店でテイクアウトで使う

10万円は使ってこそお金の価値が生まれるんだ
がんばっている医療関係者
特に俺は、娘にエールを送りたい

注射一本で 新型コロナウィルス感染症が
ケロッと治る時代は必ず来る
人類がウィルスとの戦いに敗れることはない
それまでは、もう少しの我慢だ

でも各国が、それぞれで競ってワクチンを考えるより
人類の英知を集約して、WHOあたりがビシッと仕切れないもんかねぇ

結局は国のプライドが大事か?

 人類、地球の危機なのに・・・・




2020年6月28日日曜日

SAROMA2020

2020年6月28日
本来なら
今日は サロマ だ

今頃は相棒と二人で
完走の祝杯を挙げているころだと思う

何とも言えない虚無感と
上がらないモチベーション

この状態を打破しようと思いついたのが

ひとりサロマ
名付けて
遥かなるオホーツク ワッカを目指して!!2020

よ~っし 10キロコースを10周して 100キロ走ってやるぞ
とか
カッコよく出発したんだけど
結局、1/2で終わりました(>_<)
しかも・・・6時間もかかっちまって
雨も降ってきて・・・も~最悪

3週目で雨が

本降り

闘志だけは沸々と沸いては来るが
どっこい
脚がついてこない((+_+))




やっぱり SAROMAは
佐呂間を走らなきゃ
サロマじゃ無いんだ
ということを 再確認して

今年の一大イベントは終了

次は、何を目標にすればいいんだろう・・・


2020年6月20日土曜日

抗議

腹が黒いのは
表からは判らない

人間にとって
最も重い障害は
眼には見えない

差別からは
何も生まれない
何も進まない






2020年6月12日金曜日

完全にハマった

初めて LET IT BE を聞いて
Love Me Do まで遡った時のように

HOTEL CALIFORNIAを聞いて 
エレキからアコギに切り替えた時のように

外は白い雪の夜 を聞いて
感情を込めて歌うことを覚えた時のように

勇次と英二を聞いて
ハーモニカに目覚めた時のように

今、61歳になって
一人の女性シンガーにハマっちまった

どこか懐かしく、頭から離れないメロディライン
誰の何という曲かも知らずに
ハミングしている自分に ハッと気づいたとき

その歌が マリーゴールド という曲だとラジオで判明した

40年前、渋谷のライブハウスで
短パン姿で歌うサザンオールスターズを初めて見て
「天才っているんだ」と感じた衝撃と同じくらい

今、俺のハイラックスの中では
あいみょん の曲が鳴り響いている

そして再び ギターを 手にしている
青春を取り戻すかのように

本当の気持ち全部
吐き出せるほど強くはない
でも不思議なくらいに
絶望は見えない













2020年5月24日日曜日

幻の洞爺湖マラソン

エントリーした全ての大会が 中止となってしまった
おそらく年内の大会はマラソンだけではなく
トレイルランもエントリーはないと思う

今日、何やら佐川急便で同じ包みが4つも届いた
おっ~ もしかしてアベノマスクかぁ?
と思ったら、なんと洞爺湖マラソンの参加賞
しかも完走してないのに完走メダルまで(*^^*)

















4人分というのは
妻、長女、長男の分も入ってるわけで
なんと俺んちは、ランニング家族なのだ(住んでるとこは別々だけど)
俺がRUNNETでエントリーを一手に引き受けているんで
全員の分が俺んちに届く
だけど、長女と長男からエントリー料は今まで一度も貰ったことがない(>_<)

まぁ そんなことは太っ腹の俺だからいいんだけど
大会が全て コロナのせいでオジャンになってるんで
がっつりモチベーションが下がっちまって
なんも練習してないことの方が大きな問題だし
健康管理がまるでなっていない・・・・・要するに太ってきたんだ((+_+))

三密ではないにしても、走っている人は
スースーハァハァとか言いながら、吐くことを意識して走るわけだから
もしそのランナーが症状の軽い感染者だったら
と考えると、普通の人よりは飛沫感染のリスクは高いかもしれない

だからと言って、有酸素運動の最たるランニングで
マスクをして走るなんて本末転倒だと思うし
ただやっぱりこの時期、人が集まる公園なんかを
何周も周回で走るというのもどうかと思う

そこは、自分が人に感染させないという意識を持てば
自ずと答えは出てくるんだと思うし
走る人っていうのは、俺もそうだけど
ある意味ランニング中毒みたいなところがあるから
3日走らないと禁断症状が出てくる
田舎に住んでる俺のようなランナーは
何処を走ろうが、殆ど人とすれ違うこともないけど
都会暮らしの人たちはどうすんだ!? って話に 当然なるわけで

それはもう、人が活動し始める夜明け前に走るとか
休日は都会を離れて、遠征すればいい
要するに自分の欲求を満たすためには
何らかの自己犠牲を払えってことだ

まだワクチンも薬もないのに
緊急事態宣言が明けて、感染拡大以前の生活に戻ったら
また、同じことの繰り返しになることは
単純に理解できるし
治療薬が無い内は収束(終息?)という言葉を使うわけにはいかない

延焼拡大を抑え込んだ鎮圧ではあっても
鎮火ではない

あぁやっぱり 消防的な表現の方がシックリくるなぁ

この先の生活というのは、今までとは変えなければ
ウィルスは人間の気の緩みという隙間を狙って
何度でも侵入してくる厄介者だ

変えよう  意識を
変えよう  生活パターンを
変えよう  自分中心の考えを
変えよう  今この時から
変えよう  一人一人が


2020年5月22日金曜日

なんだか 書いてみたくて・・・

渋谷区幡ヶ谷にある4階の寮
窓から見える新宿の超高層ビル
遠い故郷 北海道に想いを馳せ

ボンヤリと都会の灯りを数えながら
帰りたい 帰れない 帰らない

明日の自分が見えず苦しんだ日々
日本一をこの目で見てみたい

松山千春のテープをボストンバッグに詰め込んで
新しい世界が そこに行けば きっとある
ただそれだけで飛び込んだ泥沼に
もがき 身を預け 反発し 巻き込まれ

あの時 あの場所に この俺が  確かにいた

最近 やけに思い出す43年前の春

見えないものを形にしたくて
必要のない焦りが自分を追いかけてくる

あの頃と今の自分を重ねても
純粋な涙が出ることは    もう無い

でも18歳に戻ったら
やっぱりもう一度 今の世界から飛び出してみたい

俺にはもっと違う道があるはずだ
それが何かも解らずに 勘違いを正当化したくて
見えない目標に向かって旅をスタートさせ

途中から道連れとなったお前と
あの時の想いを もう一度 蘇らせて
決して良いことばかりではなかった生き方を
歩き疲れて辿り着いた 今 が

とても  愛おしい









2020年4月2日木曜日

さよなら

本当に消防という世界に身を置いていたんだろうか
なんだか42年間の出来事が
まるで夢のようで
今、その夢から覚めた
そんな感じがする

つい3日前までは、そこで働いていて
辛いことや苦しいことも沢山あって
定年まで持つんだろうか・・・・
いつだって辞めてやる・・・・
そんなことを思いながら過ごした42年

最後は、カッコ悪いことにみんなの前で号泣してしまい
挨拶の言葉に詰まった
堪え切れない悔恨の念と惜別の情

そんな俺なのに
沢山の方々から退職の花や記念品を戴いたり
メールや電話を戴き
身に余る光栄とはこのことだ

生まれて初めて
本物の 胡蝶蘭っていう奴を見ました
しかも5本もぶら下がってる(驚)

5年間お世話になった
ある方が直接届けてくださり

玄関でオッカちゃんは
ブッタマゲ過ぎて、ひっくり返りそうになった
と言ってました(笑)





職場から頂いた花束や
後輩からもアレンジメントが届いていて

こんなに花を貰ったのは
生まれて初めての出来事です

人生、最初で最後ってやつです
次貰えるのは、棺桶の中かな(笑)




そして更に驚いたのが
俺のフィギュア!!

俺の顔写真を送って
造ってもらったらしく

顔がデカイところはそっくりだ(笑)

水難救助隊からもらった盾の隣に
飾ります


みんな ありがとう

こんな俺に・・・・
何一つ、職場を良い方向に持っていけなかったのに
最後まで、みんなに迷惑かけっぱなしだったのに
消防長として
俺は、自分を認めることが出来なかったのに
みんなには感謝と謝罪しかない

ありがとう
本当にありがとう

消防という職場は
子供のころ描いていたような
カッコいいことばかりではなかったけど

最後の最後まで 大好きな職業だった
本当に俺は42年間、消防官だったんだなぁ

さようなら

第2ステージは消防じゃないけど
このブログ  どうしようかなぁ・・・

踊る大消火栓

ちょっとだけ休憩しよう






2020年3月30日月曜日

あと1日

想えば、長い消防人生だ
東京で5年
北斗で32年
本部で5年

42年の消防職員としての任務

若い頃は 消防という仕事に 夢中だった
管理職になってからは  全力で
そして最後の5年は 必死だった

心残りもあるし 悔いもある
でも、自分の職業に最後まで誇りを持てた

生まれ変わっても
もう一度 消防士を目指す

今度は、もっと巧く渡って行けるかも・・・・

いや
おそらく、不器用なまま同じ道を進んでしまうだろうか

それでも
選ぶ職業は、絶対に

消防士だ

明日が最後の一日
階級章を  外します




2020年3月29日日曜日

北斗消防水難救助隊

南西沖地震を機に発足した  水難救助隊
隊と言っても 隊員は二人
隊長は、潜水士ではない

今思えば、無謀だった
安全管理をしようにも
俺たち二人が潜ってしまえば
陸上でどんなことが行われているか
判らない

半月状検索のロープを引かれ
浮上させられたこともあったし
鵜飼いのように、隊長の持つロープに
引きずられたこともあった

それでも一つ一つ函館から、石狩から
そして最後はやっぱり海保の救難隊員から
技術と知識と安全管理を教わりながら
コツコツ積み上げてきた水難救助の技術

そんな仲間が、後輩が 送別会を開いてくれました
新型コロナがまだ、今のように深刻ではなかった2月の上旬
3月は、いろんな会議や出張や宴会があるだろうと
俺のスケジュールを考慮してくれて集まってくれた
かつての仲間

考えてみれば、もうみんな消防司令補で
もう一端の 隊長だ

想定外の 花 まで貰っちゃって
どう喜びを表現していいのか 戸惑う 俺
(半泣き状態)

お互いの存在自体が命綱
バディブリーヂングを経験したことがなければ
こんな強い絆は生まれないのかも





皆もそろそろ引退の年齢だけど
北斗消防の水難救助隊をここまで育ててくれて
本当にありがとう
水難救助隊の一員だったこと、関わってこれたことを
誇りに思っています

そして宴は後半に入り
更にサプライズが
まさかこんなものまで用意してくれていたなんて
ジャ~~~~~ン

退職よ~し!  とか書いてるし(^-^)

「その時 どう動く」 
消防人として常に胸に刻んできた
言葉ではあったけど

この時は、流石にビックリし過ぎて
まったく動けなかった(>_<)



こんなの貰っちゃったら
俺、一生お前たちのこと忘れらんねべや

なんも恩返しできないけど
とにかく、これからも事故無く、安全に
引退の日が来るまで頑張ってください

結局、その後の新型コロナウィルスのせいで
俺の送別会は、この一回きりで終了

もともと、ある事情から送別会は自粛と決めていたけど
水難救助隊は送別会ではなくて、「ただ昔のように一緒に呑みたいだけ」
って言ってくれたので参加しました

最高の仲間に囲まれて 俺って幸せな奴です

あと2日 かぁ

どんな気持ちで消防を去るんだろう
最後に挨拶してくださいって署長から頼まれてるけど
敢えて、何を言うか考えないようにしている

今までは、立場、責任、他への影響
いろんなことを気にしながら言葉を選んできた

最後ばかりは、その時の感情を素直に
ストレートに言葉にしたいと思う



感謝しかない








2020年3月12日木曜日

いい話じゃないか

港町ふ頭に停泊しているのを何度か見たことがある
ダイヤモンドプリンセスという船名がついたその船は
とにかく大きくて、高くて
一夜にしてそこにビルが建ったような錯覚を起こすほど
圧倒的に煌びやかで、誇らしげな、とにかく凄い船だった

そのクルーズ船が、今回の新型コロナウィルスのせいで
違う意味で注目を浴びてしまった

そんな中
函館市内の港湾関係者が、クルーへの尊敬と感謝の気持ちを込めて
贈り物をしたという話
マスクや消毒液を転売して金儲けしている
そんな輩もいる日本ではあるけれど
こんな純粋に気持ちを形に表してくれた日本人が
自分の街にもいることが、とても嬉しい
久しぶりに感動したので、載せました
        
Dプリンセス乗員に函館の菓子贈る 港湾関係者ら

海の男 海の女 
愛情が深いなぁ




2020年3月9日月曜日

グレートトラバース


ひと気のない、ヒッソリとした冬の森林
一面の真っ白な 雪  雪  雪
ここには新型コロナも入り込めない
大自然の木々や虫たちが春を待っている息吹がある

土曜日と日曜日
本来なら京都一周トレイルに行って
京都の山々を縦走するはずだった俺たち二人
こんな状況で、旅行は中止

予め休暇を取っていたオッかちゃんも身体を持て余し
多種多様なストレスが溜まり
その鬱憤の矛先は必然的に・・・・・俺に向けられる

俺だってストレスがないわけじゃない
他の人よりは、発散する術を持っているし
そういう意味では、溜まってる量は少ないかもしれないが  
ゼロではない

じゃ~どうする?
暇もあり、ある程度の体力もある
無いのは 金だけ
こんな時、俺たちがやることは
いつも通り・・・一つだ

二人が共通する娯楽
しかも、人混みを避けて、マスクも必要ない
うつされたり、うつしたりというリスクも
極端に少ないであろう場所に行くしかない

それは
山 
   山を登ろう!!

田中陽希とは比較にはならないけれど
残雪の登山道を歩き、ピークを目指し
俺たちのグレートトラバースを決行しよう!!    オォォォ~

森林はマイナスイオンの宝庫だ
そこでの深呼吸は、疲労回復やリラックス効果が期待できる
と言われているマイナスイオンがタップリある

しかし、俺には、  俺だけには   その効果はない・・・

オッかちゃんの分の荷物まで入っている
大型のリュックを背負う疲労
無茶ぶりを遺憾なく発揮するオッかちゃんのせいで
リラックスどころか、安全を確保するために緊張の連続

そんな状態での雪山行
ストレスが増えるわけではないが
かと言って、減りもしないっていう   プラマイ・・・ゼロ(*’ω’*)

というわけで
1日目は、赤川林道と寅沢林道
2日目は、道南の秀峰 駒ケ岳
縦走したわけではないけれど
二日連続の登山は、俺たちにとっては
まさに グレートトラバースだ


相変わらず
軽い荷物を背負い
俺を置いて先に行く癖は

何歳になっても変わらない






今年初めて配備したスノーシュー

秀岳荘お勧めの奴をチョイス

全く違和感なく歩けるし
履くのも、いたって簡単だった

こんなことなら
もっと早く導入するべきだった



深雪も何のその



どんどん前進し






GPSでルート確認しながら進む俺とは
違う方向を目指す   女

「こっちの方がショートカットできるよ」

と、違う方向へ・・・・
俺たち別にタイム競ってる
わけじゃないべや( ゚Д゚)



そこ角度キツイからやめれ!!

って言ってる俺の忠告を無視し


そこに
斜面があれば挑みたくなるらしい
変えようのない性格







そして

滑落












また  登る

何処にそのチャレンジャー精神が宿っているのか
俺には知る由もないが

もう止められない

まったぐ世話やげるっけや   この女
好きにせぇ~や!!



まぁ全体的に
天気も崩れなかったし

手袋が必要ないほど暖かかった

この辺は、まだまだ3月いっぱいは
遊べることが確認できたし
マイナスイオンの効果は無かったにしろ
まずまず 良かった

としよう




外でテントを張り、キャンプ
と、行きたいところだけど
そこまでの装備は俺たちにはない
ここは一度、家に帰って今日の反省と明日の行程を検討しよう
ということになり・・・・・・最初から予定してないけど
出直しの2日目

駒ケ岳登山道を歩く

ほぼ直線のルートを登る

冬登るのは初めてだし
天気はピー缶だし
暖かいし
最高の登山になる・・・・・予感



この日も
俺を置いて先に行ってまうしよ

一緒に仲良く登るとかいう
そんな考え・・・微塵も感じられない






一方 俺はと言うと

富士山にでも登るのかというぐらいの
でかいリュックを背負って

既に、汗だくで

ロンTだけで十分だ

※(深呼吸して人より多くマイナスイオンを吸っているの図)・・・・自撮り(笑)

そんなことしてるもんだから
ますますオッかちゃんとの差が
拡がる一方で

既に100メートルは離されている





やっとの思いで馬の背に到着

到着後、俺は直ぐに
雪でオッかちゃんが座る椅子を作成

座り心地を確認しているところ

「女王様、いかがでしょうか?」・・・
「いいんでないかい」(笑)




遠くにセメント工場が見え、手前には一面凍った 大沼小沼
標高700メートルとは思えないほどのポカポカ陽気

一先ずオニギリとシュークリームで遅めの昼食をとり 
夕日が沈む前に帰ることにした

下山になっても
俺の荷物は軽くなることは・・・ない

訓練だと思えば
我慢もできるし、耐えることもできる
しかし
これは訓練ではない
ある意味、俺には試練だ






 スノーシューが余程、気に入ったようで

下りもスイスイ歩くオッかぁ

時間的には登りの1/3ぐらいで下山
やぁ~ 楽しかったぁ
やっぱり、やることがない時は、自然を相手に遊んでもらうに限るな
オッかちゃんも大満足のようで
家に帰ってからは一切の家事を放棄し・・・・・死んだ(笑)

ボンちゃんも顎を乗せちゃうほど

死んだように眠るオッかぁ

俺の夕飯は
カップ麺だったことは
想像に難くない








来週はどこの山にしようかな
もうちょっと高いところに挑戦してみたいけど
そろそろ山親父が活動し始めるだろうし
素人だから雪崩の判断もつかないんで、正直怖い

そろそろ 海にフィールドを移そうか

早く収束してくれることを切に願う
たまには、回転ずしやカラオケや居酒屋にも行きたいし
そんなことを気にすることなく
日々を過ごせる幸せって、こんな時ぐらいしか
気付かないのかもしれないな




2020年3月3日火曜日

あれっ? 俺って・・・どっち??


若い人は、重症化しにくく症状が軽い 
  ↓ 
若い人は、人と接する活動が多い 
  ↓ 
若い人は、感染拡大に重要な役割を果たしている 
  ↓ 
若い人は、気づかないうちに感染を広げている 
  ↓ 
だから、若い人は、 
ライブハウス、カラオケボックス、クラブ、立食パーティー、自宅での大人数の飲み会 
など  するな!!  行くな!!      ってが
  
なるほど、政府の感染症対策本部の専門家会議が発表した内容は 
なんとなく理にかなってるような気がするけど・・・・・
それって北海道だけ??

しかも
これって全部、楽しいことばかりじゃないかぁ((+_+)) 

じゃ休みの日は何をして過ごせばいいんだ? 
散歩やジョギングといった屋外での活動は良いよ 
って言ってくれたのには、俺たちのようにアウトドア派は大助かりだけど 
インドア派の人たちは困ってるだろうなぁ 

若い人だけに行動をコントロールするように言っても 
今の世の中は若い人達で持ってるようなものなんだから 
一生懸命働いて、一生懸命遊んでもらわないと 
地球とお金が回らない 

困った問題だなぁ 

でも今は、指摘されている行動は自粛しようと思う 
もともとライブハウスもクラブも行かないし 
会議後の懇親会や意見交換会も全て中止だから立食パーティーもない 
カラオケなんか1ヶ月ぐらい行かなくても我慢できるし 
自宅で大人数の飲み会なんて、そもそもやろうなんて考えたこともない 

俺の休みなんか 
せいぜい、誰もいない雪山をオッかぁと二人で歩いてるか 
車も通らないような農道を走ってるかぐらいだから 
なんも影響ないんだけど 

問題は、そんなことじゃないんだ 
その間の、そこの従業員や事業主の収入がなくなることだ

俺には解決できないけど、この緊急事態が収束したら 
今我慢している分、ススキノに行って目いっぱい遊んでやるぞ

COVID-19なんていう、カッコイイ名前つけてもらってるけど 
お前は人類の敵だ 消えてなくなれ!! 

俺たち若者の行動は、行きたいところに行って 
やりたいことをやる・・・・それができるのが日本だ 

あれ? 

そう言えば 

俺って今年61歳になるんだった


ぜんぜん若者じゃ ねぇ~っし・・・・





2020年2月25日火曜日

喪失感から充実感へ

あぁ 予定が全部崩壊していく
誰を恨むわけではないし
新型コロナウィルスが  ただただ憎い

今後の為に欲しいと思って密かに勉強していた
危機管理士という資格・・・
4泊5日で東京開催の講習会と試験に有休を使って遠征したのに
なんと!!
東京についた翌日の講習会場で中止を知らされる
という、なんとも怒りの矛先が見当たらない事実を突きつけられる羽目に
おかげで、超早割で購入した飛行機のチケットは
取消料と新規購入でとんでもなく赤字になってしまった

しかも、何の知識も得ないまま東京から帰ってきたという
空虚感? 虚脱感? 喪失感?
何とも表現し辛い、心のモヤモヤ

北海道も感染が拡大しつつあり、既に全国で2番目に多くなってしまった
この1~2週間が極めて重要だという知事の発言を受けて
道は感染症対策特別チームを立ち上げている

こんな状況で、在職中苦労を掛けたオッかちゃんに恩返しを
と予定していた「京都一周トレイル」も、悩む余地はなく 中止だ
オッかちゃんも、俺の職場での立場を理解し納得してくれたけど
既に支払っている旅行代金のキャンセル料
20%取られてしまったことには納得していないようだ(怒)

オッかちゃんの怒りは、俺が治めるにしても
俺の心のモヤモヤは、いったい誰が癒してくれるんだ?

誰もいない・・・・自分で解決しろってか
そうだよな、自分が悪いわけでも、誰かが悪いわけでもないんだから
こんな時は
気持ちを切り替えるしかないんだよな

今までだって、そうしてきたじゃないか

そんな時に、あの方(女分団長)から連絡が
 ほくほく瓦版 アップしましたよぉ
       ↓
ほくほく瓦版 「その時 どう動く」

どうだこれ?
一気に気持ち切り替わったさ
単純な細胞しか持っていない俺だもの

この記事が載っただけでも
なんだか、満足感? 充足感? 充実感?
ちょっとだけ満たされちゃった感が
荒んでいた俺の心を包んでくれた

こうやって、60年生きてきたんだもの
この先、何があったって俺は
切り替えれる男になっていられるはずだ

誰かの力を借りながら




2020年2月18日火曜日

生涯 一消防士

6年前
制服を着て業務にあたる役職となってからは
活動服に袖を通すのは
予め決まっている日程どおりに行われる
訓練の日だけだ

業務中、突発的に発生する災害に出動するときは
制服を脱いでYシャツの上に防火衣を着て出動した

本来はあり得ない装備だ

活動服は災害現場で動きやすいような機能と
難燃性の生地でできている特殊な服で
どんなに暑い日でも火災出動時には
必ず着用することが義務付けられている
これは、自分の身を守る為のイロハのイだ

今日は午前中、管内の対象物で訓練があり
久しぶりに活動服に防火衣というフル装備で
訓練を査閲してきた

活動服に着替えただけで
その瞬間から
現場最高指揮者として出動していた
あの時の緊張感と
若い時の無鉄砲だった
あの頃の自分に戻った気がする

でも
おそらく、これが活動服を着る最後だ(/_;)
なんだか、ちょっとセンチメンタルジャーニーに浸っていると

午後から、地元の ほくほくかわら版 の取材があることを思い出した

なんでも、今年度で退職する人たちを取材してるようで
それなら!!  ってぇことで
最後に活動服で写真撮ってもらおうと企んだわけさ

そもそも俺は制服が似合わない
というより、あまり好きじゃない
白いワイシャツにネクタイ締めて
ダブルの制服に身を包む・・・・

肩が凝るし、いかにも活動的じゃない
椅子に座って一日中書類とにらめっこして
ハンコを押すだけなら、それでもいい

でも俺は  俺は   俺は

俺は  生涯 いち 消防士でいたいんだぁぁぁぁぁぁ!!!!

とか、なんだかんだ御託を並べ

「写真撮るなら、活動服で撮ってください」
と、無茶な注文をして
「やったぁ  最後の活動服の写真が残せるぞ」
とワクワクしながら着替えた

そして 
撮ってもらったのが、このワンショット

あまりの嬉しさに
満面の笑みやないかい!!

もともと締まりのない顔が
更にニヤついている(笑)





シャッターにロゴが入っている消防車を背景に
還暦のファイティングポーズ

更に調子こいて
車庫で整備をしていた係長を無理矢理引っ張ってきて
記念撮影
仕事中 邪魔して
スンマセンでした

活動服  最高!!
ヘルメット 最高!!
この気持ち
わっかるかなぁ・・・
わっかんねだろうなぁ・・・



おそらく、これが最後の活動服

最後まで

俺は

いち

消防士で いたいんだ









2020年2月14日金曜日

朝令暮改

昨年のサロマで終わりにした・・・・・・・・はず
なのに
    なのに
          それなのに

またエントリーしてしまいましたぁ~


もう終わりだって言ったっけやぁ
サロマ湖とオホーツク海に別れを告げてきたっけやぁ
あれは何だったのよ??

という声が聞こえないわけではないが
俺の耳には届かない

サロマンブルー先行枠が有効な内は
エントリーしちゃうもんねぇ

昨年サロマンブルーを達成した相棒が
足形をとるまでは、きっちり見届けたい
奴がいなかったら俺も達成できなかったしね
恩は返さなきゃ

6月には、どこで何をしているかわからない状況で
19,000円も掛けてエントリーしちゃう俺も俺だけど

この先、練習のモチベーションがアップすることは間違いない

朝令暮改?   ケッコゥじゃないですか~
二転三転?   俺の為にある熟語でしょ

常にPDCAサイクルで俺の人生は廻ってるのさ

さぁ新年度は、いろんな意味で挑戦の時だ

また、走り出すぞ!!









2020年2月10日月曜日

令和元年度「渡島檜山消防職員意見発表大会」

今年もまた審査委員長という大役を任された

連続5年もやってるんだけど
まぁ俺があまりにも立派な消防職員で
他の模範であるから・・・・
ってことではなくて、単純に「充て職」だけどね

だいたい、俺みたいな人間が審査してホンマにいいんかい!?
自分も若いころ発表したことがある
っていうならまだしも

まったくそんなこともなく、推薦されたこともなく
発表してみようかな?なんて考えたこともないくせに
人の発表内容や発表力を審査するなんて
できるわけないべや

・・・・なんて 
思って
たんだけど

これが意外に、できちゃったりするんだわ
要するに、「自分ではできないくせに、人には注文つける」 ってやつだ

そんな、人として、一番やってはいけないことを
俺って、いとも簡単にできちゃうんだよね

だけど、自信持って言えることは、唯一つ
俺の審査は厳正で公平だ ということだ(-_-)

ってことで、今回で最後になる「審査委員長の講評」
ってやつをやってきました

ヤジが飛び交い、ブーイングの嵐
という雰囲気ではなく
流石に公的行事なので、みんな真剣に講評を聞いてくれます

観客席に座っているのは殆どが消防職員なので
別にどうってことはないんだけど
俺以外の他の審査委員たちが、「こいつ、何喋るんだ?」的な
ワヤ真顔でステージを見つめるもんだから
こっちも緊張してしまうんだけど

それはもう、今回で最後、俺は退職するわけだから
ある意味、怖いもんなしだ()
委員長を任されたからには、なんでも喋っちゃうもんねぇ~

講評の構成としては
先ずは発表者の労をねぎらって
会場まで来てくれた方々と、準備で大変だった事務局の皆さんに
感謝と御礼を伝えて・・・

更に、今日まで、協力や指導をしてきた所属の方々にも
お礼を言った

次に今回の意見発表全体の講評という事になるんだけど
今回も様々な考えや、意見を提案してくれたので
ひとつには纏めきれてないんだけど

ザックリ言っちゃうと
消防の現状と、「今後」ということに課題意識を明確に持っていること
言い換えれば
若い職員は、今後の消防に対して憂慮している・・・ということだ

これはもう、聞いている側
特に、俺たちのように管理職として
組織をマネージメントする立場の人間にとっては
グサッと胸を突かれる、そんな内容だった
と正直に言いました・・・・だって、そう感じたんだもん
しゃ~ないべや

あとは、これは毎回必ず言うようにしていたのが
発表内容は所属長の承認を得て
消防本部を代表して発表してる内容なんだから

受賞云々に係わらず必ずやれよ!!

ということだ

更に俺の無責任な講評は
再来年度、令和3年度から変更になる審査項目の一部変更にも触れた

たびたび、審査に関する部分に変更があるけど
この意見発表会の目的、いったい何を、何処を目指してるんだ?
ってことだ

俺たちが聞きたいのは、若い職員の自由な発想と本音であって
この発表会の為に、無理やりひねり出したような提案だったり
入賞を狙って普段使わないような飾った言葉だったり
審査員を意識したオーバーな表現なんかじゃない

審査の基準に左右されることなく
強い意志と柔軟な思考力で自分の考えをしっかりと伝えてくれ

あぁ~ 原稿に書いてないことまで、ぶちかましてしまっただぁ・・・・

今回発表してくれた道西地区の職員たちは
みんな、その辺のところはしっかりと押さえていたし
これからも、そうであって欲しい

その方が、みんなに伝わるし、周りを巻き込みやすい
組織を代表して発表してくれたんだから
発表者が一人で孤軍奮闘することじゃない

一人の100歩より、100人の1歩の方が
力強いことを俺たちは知っている


偉そうに言えば
消防という組織は

そういうもんだ


またひとつ最後の仕事が終わった・・・・・あと50日(寂)





2020年1月24日金曜日

長渕 剛

金スマ 長渕剛2時間スペシャル

最近は、アレンジが強すぎて
あまり好きじゃなかったけど

この歌は、そんな時の、そんな状況の中から生まれた曲だったんだ

あまりにも正直で、真っすぐで、
弱い自分を包み隠さず歌にする才能も然る事ながら

人の心に突き刺さる応援歌にしてしまうところは
長渕にしかできない神業だ

歌に秘められた想い
母への強い愛情
父への憧れと恐怖
自らの体験から湧き上がってくるストレートな詩

ますます好きになっちまったべや  長渕!!

一生、歌って、ハーモニカ吹いて

長渕

やらせていただきます!!!  



2020年1月21日火曜日

SMショー

SMショーに行ってきたぜ
今回で4回目のSMショーだ

あぁ女王様 蝋燭だけはお許しください・・・

ちゃうわい!!

そっちのSMショーじゃなくてよ

オラァオラァどうだぁ 縄で縛ってやるぞ~・・・・

いやいや そっちというのはその意味じゃなくて
これだよ これ

SAPPORO
MOTOR
SHOW 2020

サッポロモーターショーだ!!





初めて見たモーターショーに魅せられてから
もう8年が過ぎた






初めてのモーターショー → SMS2014
2回目のモーターショー  → SMS2016
3回目のモーターショー  → SMS2018

そして今回で4回目
狙っているのはどちらかというと4輪より2輪のHONDAブース
でも、回を重ねるごとに狙いは 綺麗なお姉ちゃんたちに・・・・

いや・・それも否定できないけど
それ以上に
HONDAがF1マシンを展示してくれることだ

俺たちの世代は
F1が全盛期の時代
しかも、あのアイルトン・セナやアラン・プロスト
そして中島悟や鈴木亜久里が活躍していた
モータースポーツが一番輝いていた時代に
青春時代を過ごしてきた

赤と白のマクラーレンホンダMP4/6


フェラーリとウイリアムズが
セミ・オートマでガンガンやっていた時でも
セナはマクラーレンホンダのマニュアルシフトで
モナコを征した

あの感動は今でも忘れられない

あれから何年たったのか
俺も歳をとったし
セナは、もういない・・・・

HONDAのF1は終わったと思っていた
本田宗一郎が生きていたら
今の本田技研工業をどう思うだろうか・・・(/_;)




でも   


違った


本田スピリッツはしっかりと継承されていた

レースの世界へ再び戻ってきた
しかもRed Bullという
とてつもないBIGな相棒とともに 

この話題に飛びつかない奴がいたら
俺はそいつに背中を向けて、なまら臭い 屁 をぶっかけてやるさ

今回、俺はそのマシンに逢いに行ってきたんだ

Honda製パワーユニット
Honda RA619H」を搭載した
19年型マシン

Aston Martin Red Bull Racing

RB15だ





HONDA



RedBull

凄ぇぇぇ!! カッケェェ!!



息子の一眼レフを借りて
説明書も読まずにAUTOで撮れば大丈夫だべ?
と勇んで乗り込んだ会場ったけど
まったく上手く撮れなくて
唯一、まともに撮れたのが この2枚のみ( ゚Д゚)

まぁ俺の眼にはしっかりと刻み込まれているから
精神的なショックはそれほどでもない・・・かな?

このマシンで POWERED by HONDA で戦ってきた
きっと
天国で本田宗一郎も微笑んでいるはずだ


かつて、本田宗一郎はこう語っていた

私の最大の光栄は、
一度も失敗しないことではなく、
倒れるごとに起き上がってきたところにある

The Power of Dreams


俺も、最後にそう言える男になりてぇっす!!

話は戻って、今回のSMショー
いや だからそっちじゃなくて
札幌モーターショーの話だけど
フェラーリが無かったことが残念だったし
コンセプトカーというのか未来の車はこうなりますよ
的な意図は理解できるけど
過去3回のSMショーと比べれば2輪も少なかったし
お姉ちゃんたちも年々・・・・質が下がってイマイチ

未来の電気自動車や自動運転の車に
俺は全く興味はないんだわ
自動車っていうのは自分の腕でハンドルを握り
エキゾーストノートを響かせて走り去っていくから
カッコいいんだ

それができる年齢には限りがある
そして、それができなくなったら潔く 免許を返納する
それもカッコいいと 俺は思っている

それでもとりあえず俺は、タイプのお姉ちゃんたちと車を撮りまくった
いっぱしのカメラ小僧のように(#^.^#)

ピンボケしていない写真だけを記録として
アップしておく
いやだから、タイプというのは車の話であって
お姉ちゃんたちのことでは・・・



堂々の 第1位

Sの字がお上手な SUZUKI




日本キャタピラーCAT が 第2位
YAMAHAは毎年 イイ  第3位入賞
やっぱりクールジャパン系も捨てがたい 第5位
YAMAHAは本当に粒ぞろいだ この娘も頑張って 第4位



JEEPのこの娘 前回もいたけど 次回も頑張れということで第6位
タイヤメーカーではダントツのDUNLOPが第7位

さすがSUBARU、清潔感が好印象で第8位



Audiは車は好きじゃないけど この笑顔で第9位
なんとなく惹かれるよな、このアイビーム 第10位は同じくSUBARU

でさぁ
毎年思うんだけど
HONDAもTOYOTAもBEST10入りしないんだよね
やる気あんのか?


マクラーレン

スーパーカーには夢があるなぁ


こんな車には興味はないけど
一応 ベンツだし

とりあえず珍車ということで

技術のニッサン

みんなGT-Rに憧れてんだからさ

ちゃんとしてくれよ 


N ないお金を
S 借金してでも
X クリスマスプレゼントして欲しい車







レクサスかぁ

面構えが キライ

縁はないけど





きっと
また再来年行ってるだろうなぁ  SMショー見に

いやだから そっちじゃなくて
こっちのさ

NSX  欲しいぃぃぃぃぃぃ~なぁ