この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2013年7月29日月曜日

GLAY

函館は27、28の2日間
GLAY一色に染まった

「やっと来たか」という感じだ
あまりにもビッグになりすぎて
函館では会場が無い、宿泊施設が無い
いろんな理由で、函館でのコンサートを
諦めていた GLAY

実は職場の先輩が 小橋君と従兄弟で
一度だけ、一緒に呑んだ事がある。

結構、隠密で函館に帰省してるんだよね
小橋君は、そのことを一番気にしてた

一時は仁山高原で実施の話もあったらしく
結局は、移動手段の関係で 流れてしまったらしい

でも、この2日間
天気はしょうがないにしても

JR北海道のイメージはガタ落ちだなぁ

事故による運休に、雨による運休が重なって
まったく公共交通機関としての機能を果たしていなかった

時間が間に合わなくて
ライブにこれなかったファンもいたようで

せっかくのGLAYの凱旋も
函館のイメージも
悪くならなきゃいいんだけどね

函館の消防も、警戒で大変だったみたいだけど
大きな事故もなく、無事に終了したことで
今後、函館での2万人規模のライブが可能だって事を
証明して見せたね

この成功は、未来につながる本当に大きな一歩だったと思う

サザンやBzなんかも来てくれないかなぁ

拓郎と長渕が来たら、仕事休んででも見に行っちゃうんだけど

その前に JR北海道がちゃんと再建しなきゃ ダメだな


2013年7月24日水曜日

火消愛燃水止男成

火を消して
愛を燃やして
水を止め
男と成す

27年前 結婚したときに
尊敬する東京消防庁時代の先輩から
送られた言葉

今でも、俺の心のど真ん中に
深く刻まれている

最近の若い職員は、結婚式を挙げなくなったけど
珍しく俺の課の職員が9月と11月に式を挙げる

この言葉を添えて、出席の葉書を投函した

二人とも真面目で
俺の若い時とは違って、ファイト満々の若い衆だ

これからの消防人生
家庭が第一
家庭が穏やかであれば
どんなに辛いことがあっても
頑張ろうという気持ちになれる

仲良くやれよ~

というわけで
俺のオッカちゃんは

明日から5日間
俺を置いて、札幌に遊びに行くらしい・・・・・
俺はその間、鍋いっぱいに造られた
カレーを、連続で食べることになる(-_-;)


まぁ 結婚27年目ともなれば


こんなもんか(^^ゞ

火消愛彷水止男成




2013年7月21日日曜日

全道消防救助技術訓練指導会

19日は署長と一緒に
北海道消防操法訓練大会に行ってきました。

これは北海道の消防団員による
ポンプ車や小型ポンプの操法大会で
来年、北斗市の消防団が出場することが決まっている。

江別市にある北海道消防学校へは
昨年の初任科の卒業式以来 1年ぶり

教官たちに挨拶して回ったり
他の地区から出場する消防団へ
激励の挨拶のためテントを訪問したり
結構忙しかった。

炎天下、迅速確実で機敏な動きの出場チームを見て
一緒に行った来年出場する消防団員たちも
気持ちを新たに、身が引き締まる思いだったと思う。

そして翌日は
全道消防救助技術訓練指導会の応援。

これは北海道消防学校ではなく
何故か、札幌消防局の消防学校で実施する。

余談ですが
何故、北海道は救助技術大会ではなく
訓練指導会という名称なのだろうか?

指導的な内容は何もないし
やってることは他県と同じなのに・・・

何故だろう???   ま いっかぁ

組合からは、ほふく救出、はしご登はん、ロープブリッジ渡過
そして、我が北斗消防からは ロープ応用登はんに2組出場した。

先に行われた、ほふく救出で同じ組合の七飯消防のチームが
圧倒的な速さで全道優勝を決めた。

そんなプレッシャーのかかる中
いよいよロープ応用登はんの番がやってきた。

出場選手の紹介で、大声で思いっきり応援
普段の力が出せれば 8秒台で優勝は間違いない。

1組目、2組目と前半の出場チームは
ロープが足にかからずタイムを落としている。

不安がよぎる・・・・

北海道では北斗消防でワン・ツーを取る実力は持っている。
しかし、大会には魔物が潜んでいる。
昨年は、その魔物にやられてしまったらしい。

今年はリベンジ

災害現場と違って、訓練はリベンジが可能だ。
是非、昨年の雪辱を果たして欲しい。

結果は1組は見事 優勝!!
もう一組はコンマ2秒差で惜しくも3位だった。

今まで、指導してきた先輩と
出場選手が肩を抱き合って泣いている光景は
感動物だ、
こっちまで感極まって涙が出てきた。

3位だったもう1組も、清清しい気持ちで終わることが出来た。

よかった よかった 本当によかった

この日の為に1年間、プライベートな時間も犠牲にして
がんばってきた。
タイムが伸びないということで、指導者は
自分の指導の仕方が悪いのだろうかと悩んでいた。

大会が近づくにつれ、スランプに陥っていく隊員たち
精神的なもの、気持ちの持ち方がわからない若い隊員たち

いろいろ悩んで掴んだ 全道ナンバーワンの座
チームとして掴んだ栄冠だと思う。

おめでとう 本当にがんばった。

さぁ8月22日 広島で開催される
全国消防救助技術大会に向けて
明日から訓練再開だ。

全道優勝のお祝いは、しない。

8秒後半じゃ 全国では通用しないぞ
目標は全国制覇だ!

ガンバレ 若者!!

2013年7月10日水曜日

欠席(; ;)

第一回目、東京で開催する
初めての消防大学校第29期幹部科の同期会

欠席です(T_T)

オッカちゃんど一緒に東京さ行って
浅草近辺で、えっぺ遊んで
色川の うなぎ 喰って
遊んでけぇーって来るがなぁ っていう魂胆が

一瞬にして消え去り 敢え無く撃沈

幹事さんに 欠席を報告した。

本当に楽しみにしていた同期会だったのに。

この歳になって新たな出会いがあって
あんなに意気投合した仲間ができたことは
人生の宝だと思ってる。
一班のみんなには、心から感謝してるし
第29期の同期は、みんないい奴ばっかりだった。

地元へ帰れば、みんな数人の部下がいて
それなりの立場と役職の肩書きを持つ者ばかり

そんな仲間が東京に集まった。

同じ志と、目的を持った全国の消防職員が
2ヶ月間寝食を共にして得られるものは
知識だけではなかった。

人目っこきの俺が、なんとか2ヶ月間やってこれたのも
無事卒業できたのも
本当にみんなのおかげだった。

2ヶ月もいれば
それなりに我も出てきて
不協和音が生じてもおかしくない期間

みんな、いい奴ばっかりすぎて
そのイイ奴の中に俺って入ってるのかな?
とか、心配になってきたりするぐらいに、
いい奴ばっかりだった(´∀`*)

会いたいなぁ

欠席の理由は、部下の結婚式 オメデトウ(^▽^)ゴザイマース

断るわけにはいかない

彼にとって結婚式は一生に一度きり・・・・・たぶん
同期会は、毎年あるだろう

悩む必要はどこにもない

でも、東京さいぎてなぁ~
オラ東京さ いぎてぇ~

あぁ 我慢でぎねぇ~~~~





2013年7月8日月曜日

避難所への体験ウォーク

昨日、町内会主催の
津波避難所への体験ウォークに参加しました。

実際は俺は避難所へ避難することはなく
消防の津波対応計画に則って
消防署へ向かうことになる。

でも、俺は消防職員ともう一つ
町内会の役員 という二つの顔を持っている。(^_^;)

町内会役員というのはけっこうプレッシャーが強く
俺は最年少の若僧でありながら
なかなか、平日は会議や活動に参加できず
はっきり言って

役に立ってない・・・(>_<)

でも、休みの日ぐらいは
なんとか協力しなきゃ
増してや、今回は津波避難に関する行事だし
会長からも、「必ず出てこい」というようなお達しもあり

みんなと一緒に 体験ウォーク 出発

もちろん78歳の俺のバアチャンも参加
普段パークゴルフで鍛えてるだけあって
上り坂でも、平気でどんどん登っていく

昨日は暑かったし、高齢の参加者は心配だったけど
なんとか片道2.5キロを40分で参加者全員完歩

途中、自動車道に設けられた
緊急避難場所を見学し
想定される津波遡上場所を超えることができたのは
スタートから20分後
警報が発表され、直ぐに避難行動に移れれば
徒歩でも余裕で避難できることが判った。

会館に戻って、参加者でワイワイガヤガヤと
昼食を食べながら、このまま解散かな?

と思いきや

会長さんから突然

「あんた、消防の課長さんなんだから
今日の避難訓練について、なんか喋ってや」

キタァー 会長の至上命令

地元の人達の前で・・・・・・津波の話? 
相手はみんな漁師やそのおっかちゃん
海を知り尽くした強者だらけ

俺は、鼻を垂れてる頃から
そんな、おっちゃん、おばちゃんに育ててもらった

そんな人達を前にして
いくら消防職員といえども
参加者の中で一番若い俺が
今日の訓練の講評?   そんな聞いてないよぉ

会長さん 勘弁してよぉ

「おめぇに 海の何がわがんのよ!?」

みたいなことにならなければいいんだけど・・・

でも会長さんの命令は絶対

俺の気持ちとは裏腹に
既に
「みなさ~ん、今日は消防の課長さんが来ていらっしゃってるので
津波の避難についてお話があります。、静かにして聞いてくださ~~~~~い」

とか言って 俺のこと紹介しはじめちゃってるし(^_^;)

あぁ しょうがねぇなぁ
ここは消防職員に徹することとし
町内での俺の立場は、一時見逃してもらおう

普段どおり、他の町内会でも講習してる内容を
一通り説明し、講評終了

みんな真剣に聞いてくれて よかったァ

ホッとしました(^_^;)

俺の住む街は海抜2メートルの津波避難対象地区
この街からは、津波の犠牲者は絶対に出さない

そんな気持ちで、できる限りのことはしていくつもり

「今日、参加してくれた皆さんは
自力で避難できる方たちばかりです。
次の避難訓練は、おばちゃんたちの近所に住んでる
一人では避難できない人と一緒に避難することを考えて
やってみましょう」

と。2回目の避難訓練を提案して俺の話は終わりました。

会長さんから
「○○ちゃん よかったよぉ   また頼むね」

この街では

俺は 何歳になっても ○○ちゃん なんだ 

悪くないけどね(´∀`*)








2013年7月5日金曜日

夏だ! セブンビーチだ!

管内には この辺では有名な海水浴場がある
茅ヶ崎のサザンビーチに比べたら
屁 みたいなもんだけど


北海道の短い夏を満喫するために
地元や近隣から若者が集まり
夏だけ一気に活気付く浜

その名も

セブンビーチ!!

正式には 七重浜海水浴場




そこは今年も小学校の夏休みに合わせて
20日から海開きとなる。






その楽しいはずの海で数年前 事故が発生
2名の若い命が海に飲み込まれた。

あれだけの賑わいがあり
たくさんの家族連れや若者が集まる海水浴場だけれども
ライフセービング等の迅速に救助できる体制は確保されてはいない

警察や消防の水難救助隊員が張り付いて警戒に当たることは
理想ではあっても、現実問題不可能であり実現には至っていない。

俺たちにできることは
事故防止を訴えることと

万が一事故が発生したときには速やかに
現場に到着し救助活動に入る体制を整えること。

最近は、ほぼ100%の確率で携帯電話が普及してるので
事故発生から通報が入るまでの時間は短縮されている。

そして、その通報のほとんどは警察や海保ではなく
9割がた消防に一報が入る。

消防の水難救助隊が出動し、海面に漂流者がいれば
直ぐに救助できる体制と、函館航空基地との連携で
ヘリへの吊り上げも可能な体制は構築している。

また、サーチ&レスキューへ移行した場合も
潜水士増員のために、函館市消防本部や海保への
出動要請もスムーズにできる体制となっている。

後は、現場での潜水士同士の活動の統制をどのように図るか
これを解決しないことには、いかに体制だけが整っていても
救助現場でのミッションは効率よく進まないことになる。

普段から顔の見える関係は既に作ってあり
お互いに、なんでも言い合える関係にはなっている。

しかし、その中で見えてくるのは
やはり、潜水装備や救助方法の違い

一番の相違点は 悔しいけれど
やはり 潜水技術、救助技術のレベルの違いだ

海での救助は海猿には敵わない
消防は、そこを認めた上で、更なる救助技術の向上を
目指さなければならない。

これは、今までお互いに口に出すことのなかった
触れづらい話題であり、お互いのプライドが邪魔をして
避けてきた一番大きな相違点である。

セブンビーチが海開きする前の7/17に
北斗消防、函館市消防本部、函館海上保安部、第1管区函館航空基地の
4機関による水難救助訓練を実施することにした。

訓練を実施したという結果だけを残すのではなく
訓練した結果、このような成果があったというような
実のある訓練にすることで4機関が合意し、
ブラインド型訓練にすることとした。

セブンビーチがみんなにとって
楽しい思い出の浜となるよう

今年もしっかりと体制を維持していきたい。

やっぱり
災害救助機関実働レベルでの
懇親会は、こういうところで、その成果を発揮するんだよなぁ

酒飲んで、歌を歌って、バカ話して、お互いを知り、
現場では、 「じゃヨロシク!!」と言い合える関係

懇親会は いいなぁ
毎年と言わず、毎月やろうかなぁ(´∀`*)

って そっちの話かよっ!?




2013年7月2日火曜日

サロマンブルーへの道

完璧に打ちのめされた

こんな身体能力で
サロマを走ろうと思っていた自分の甘さに
呆れてしまう。

100キロの過酷さと格別な達成感を
誰よりも知っている俺が

サロマをなめていた

70キロの関門で俺の身体は悲鳴を上げ
一歩も前に進む体力も気力もなくなっていた

いつもの俺なら
時計が無理だと言ってても
80キロ関門を目指して、猛然と前に進んでいった

体力がなくても、気力が、心が折れない限り
一歩一歩、ゴールを目指したはずだ。

ゆっくりでも、少しづつでも脚さえ止めなければ
必ずゴールは近づく
それがサロマの100キロの価値だと信じてるから


それを自分の信条とし
サロマで実現することで意識を高く持つことができていた

でも、今年は違っていた
昨年、出場できないことをあんなに残念がっていた自分が
何故、一年かけて一生懸命練習しなかったんだろう

仕事が忙しいという理由を「言い訳」にして
練習から逃げていたに過ぎないだけだと・・・・・・今 気がついた

普段の頑張りを、サロマは、ちゃんと見ている

ちゃんと練習してきた者だけが得られる「極上の達成感」

ずっとそうやってきたのに

歳のせいじゃない
仕事のせいじゃない
誰のせいでもない

災害現場と同じだ
「普段の訓練でできない、やったことがない、知らない」
「こんなんじゃ災害現場で最高の活動ができるわけないだろ!!」
「現場では失敗は許されないんだよ!!」

いつも部下に言ってることが
自分には出来ていなかった

来年は絶対にゴールしてやる
何があっても、心なんか折れたって、脚が折れない限り
走り続けてやる

あと3年で サロマンブルーになる 絶対になる。