この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2012年12月30日日曜日

仕事納め

今回の年末年始は31日が月曜日だから
12月28日が仕事納め

そして1月6日が日曜日だから
仕事始めは1月7日

9日間も休みだ35年間働いて
こんなに休みが多いのは初めてだ

結婚して新婚旅行に行った時だって
せいぜい1週間だった

日勤になって
毎日勤務も慣れてきて
土日が休みってのもいいもんだなぁ

と、思ってはきたけれど
9日間の休みは・・・・・

これってどうだ 休みすぎだろ
かといって勤務でもないのに職場に行くわけにも行かないし

まぁ今年は一生懸命働いたし
悔いのない一年だった

少しは消防を離れて
違う男になってみようか

昨年の今頃は
あぁもう少しで e-ラーニングが始まるぞぉ
って感じで ビビリまくってた

あれからもう一年だ  
今年の一年は超早かった

なんて一年を振り返ってる暇なんてなかった
そんな呑気な年末年始が俺達にある筈がない

12月30日午前2時過ぎ
非常召集だ
出張所管内で延焼火災
しかも、要救助者情報ありで 検索に進入したらしい

この時間帯の 要救助者・・・・・・

飛び起きて
すぐに消防へ
参集してきた職員と3名で 指揮隊出動
出動指令から既に20分も経過している
先着の救助隊は既に内部進入

こんなタイミングで指揮隊が出動して 何が出来るんだ
消防活動は初動の情報量が命だ

出張所の先着隊も
後続の本署隊も 精一杯の活動をした

少ない人員で最大限の活動をしていた


しかし  救えなかった

歳末特別警戒中の焼死者火災だ

この家族に
楽しいはずの、明るいはずのお正月を
新しい年を 送らせてやることが出来なかった

反省はいつも 火災の度にある
でも一番必要なのは機構改革だ
日勤者が9日間も休んでる場合じゃない

この機構を、制度を、組織体質を、改革しなければならない

来年は 始動 しようと思う
何かを変えていこうと思う

消防が変わることで
市民の命が一人でも助かるなら
それは、躊躇する余地はない  変えるべきだ

俺たちがやらなければならない仕事は
消防隊をいかに効率よく安全に動かすかだ

それが市民に安全を提供する最大の力となる


この機械 器材たちを
有効に動かすにはどうしたらいいか

市民から預かった
最大の武器で
最大の効果を出さなければならない







もう一度 原点回帰しよう
35年前 消防を一生の仕事として選択したときの
あの時の自分に戻ってみよう

今の立場で 今の自分が出来ることを
35年前 目指していた自分が 今ここにいるだろうか

やらなければならないことは 判っている
解っていながら やっていないことも わかっている

来年の今日
ひとつでも成果が出てることを
このブログに書ければいい

来年は勝負に出てみようと思う


2012年12月25日火曜日

都大路

全国高校駅伝
強かったねぇ 豊川高校

そして やっぱり出ましたねぇ
仙台育英からの転入に関する批判が

何を今さら 批判することがある?
高校野球だって高校駅伝だって
みんな同じだよ

まるで大谷選手を一位指名しなかった
意気地なしの他球団が遠吠えしてるのと
同じ現象だね

震災によって生徒は練習環境が整わなかった
監督の解任による騒動など
走るために特待生として入った生徒が
走れないなら、走れる学校へ転入する

生徒にとっては極あたり前の選択だ
振り回してるのはいつも同じ
大人の論理だ

決して、その学校に入りたくて入学したわけではない

高校駅伝で優勝するための手段であり
関東の大学に入り、箱根駅伝に出場する

今の流れを作ったのも大人であり
北海道から優秀な選手が
みんな関東の大学に出て行くのもそのためだ

学生三大駅伝とかいいながら
全日本、出雲とは別に
箱根は関東学連だけの大会だ

それを全国区にしたのはテレビ局のおかげ
正月の何もしない、二日酔いの状態で
学生が一生懸命走る姿を見てるのは、なんとも気持ちがいいもんだww

でも、箱根が他の学連を受け付けないのも 大人の論理だ

いつも、友人から言われる
「息子は箱根 出ないのか?」
説明するのもいちいち面倒だから
「うん、選ばれなかったんだよね」で済ましてる(-_-;)

出たくても 出られないんだよ 北海道は・・・

高校のスポーツは
強くなればなるほど、地元の生徒なんて何人もいない

学生からすれば
強い学校に行って全国優勝を目指すことは
至極当然でルール上何も問題はない

チームで参加する競技なら なおさらだ

高校のスポーツは今やビジネスだ
大学へ行くため、プロになるための通過点だ

高校は教育の場
表面上はそうであっても
実際、スポーツは違う

野球、サッカー バスケット 駅伝にラグビー
人気の高校スポーツで特待生を受け入れないで
優勝するチームなんてあるわけがない

それがダメならルール改正しかない

でもアメリカ大リーグが
アメリカ以外の国の選手を受け付けなくなったら どうなんだろう?
日本でプロとしてやってきた選手でも
大リーグでは新人選手枠に入る
アメリカの懐の大きさが見えるね

誰でも、どんな奴でもやって来い!!
実力の世界だ
世界最高レベルの舞台が待ってるぞ
アメリカらしくて、カッコいい

強い学校には 優秀な選手が集まるもんだ
仙台育英から豊川に転入した選手は
いい選択をしたと思う

受け入れた豊川も送り出した仙台育英も
いいビジネスをしただけだ

批判は全て監督が吸収し
選手に悪影響がないように配慮して頑張って
選手に実力を出させることが出来た監督の手腕は 凄い

でも、それをまたマスコミが突っついて
世間が騒ぐ

まぁ これもまたビジネスといえばビジネスか(-_-;)

そのことを ブログで書いてる 俺も
踊らされてるってことだなww

誰が正しいのか? ではなく
  何が正しいのか・・・

物事 本質が大事だな

2012年12月23日日曜日

三連休 初日

クリスマスゥ~

たって思いっきり浄土真宗な仏教徒の俺
あんまり関係ないけど
そうでもない・・・・

長男はクリスマス 12/25が誕生日
今年は家でお祝いだな
おそらく今年で長男誕生パーティーは最後かなぁ
来年は年男 24歳 社会人だしね

もう、親として息子が生まれてきたことに十分感謝したし
「生まれてきてくれてアリガトウ」っていう俺たちのお祝いは おわり

来年からは
「誕生日おめでとう」って親以外の誰かに祝ってもらえww

三連休初日の今日はハードだったなぁ

朝起きて熱帯魚に餌をやることから始まり
木材会社に薪ストーブ用の木端を貰いに
軽トラの荷台にコンパネの煽を追加してGo!!

今度は貰ってきた木端を
薪置き場に積み上げて・・・・・・
いやいや貴重な三連休初日の午前は
暖房燃料の確保で終わっちまった

でも、これで取りあえずは正月まで大丈夫って感じかな

午後からは 「いい歳こいてVersion」の第三弾

軽トラにもタコメーターだ!!

先ずは下準備
ネットで買った安物のタコメーター

照明はもちろん ブルーのLED

配線を延長してハンダでがっちり固定

みんカラで
回転信号取り出しケーブルを
ジックリ調べてから
作業開始






いやいや なんだかんだで 2時間もかかっちまった
周りはすっかり暗くなっちまって
完成した写真を撮るには
それはそれで 明るいよりはいいんだけど・・・・・

こんな感じで
タコメーターは
ダッシュボード上の安物ツィーターの横

ますますブルーな世界へ

外は白い雪の夜  by拓郎

なかなかいい感じで
イルミの世界をかもし出してるけど

さすが大陸製
タコメーターという俊敏な動きをしてくれない(笑)

動作が緩慢

まぁイッカァ どうせカッコだけだし(^^ゞ

貰ってきた薪は さすがに木材工場 よく乾燥してて 燃えがいいわぁ
家の中にも積み上げて
リビングはすっかり真冬バージョンです

木材工場のお兄ちゃんとも
仲良く慣れたし

今シーズンは
暖房費 ゼロ を目指して
せっせと薪運びするぜぇ~

軽トラ 様々だ

明日は
チョットだけ職場に顔出して

また何かイジッちゃおうかなぁ
いい歳こいて(^^ゞ



2012年12月21日金曜日

歳未特別警戒

毎年 この時期になると
歳未特別警戒 です

ん? 歳未?

なんか変だぞ

歳末?  歳未?

やっちまいましたよ 某出張所ww

特別警戒の看板
新しく書き直したはいいけど
市民から、「漢字間違ってませんか?」の貴重なご指摘

管内で一番交通量の多い国道に面した出張所なもんで
渋滞の時にジックリ見られたんだろうね(~_~;)

本当は下の横棒は短いだよねぇ

さいみ かよ って突っ込まれそうな 間違い

確かに未来に向かって 新しい歳を迎えようっていう
前向きな出張所職員の志は よし とするけど

これは イカン アカン

早速 白ペンキで 塗り直させました

貴重なご指摘 ありがとうございました 
 

歳末といえば毎年流行るのが インフルエンザ

関東にいる消防大学校の仲間も掛かってたみたいで
連絡が取れないから どうしたんだろうと心配してたら

インフルエンザで出勤停止命令が出て
うなされてたみたい
山梨の某温泉での フィーバーぶりが
今頃になって発症したかなヽ(*´∀`)ノ(*´∀`*)

マジで 死んじまったんじゃないかって
心配したよ

無理ができない年齢になったんだから
歳相応の遊びしないとね ねぇ Kさん

俺も気をつけなきゃなぁ
年末年始の休暇は9日間もあるし

ウィルスと付き合ってる暇はない
スキーにボードに札幌に動き回り
いっそ南国にでも行って ダイビング三昧でもしようかな

そして最終日はゼットと遊ぶ

年末年始は忙しいぞぉ



2012年12月11日火曜日

やっぱりねぇ 情けねぇ



ネットニュースで

「大谷騒動」とか言ってるけど


いったい大人ってどれだけ子供たちのこと

考えて自分の発言に責任持ってるんだろうか


騒動ってなんだ?

密約説がくすぶるって?


火がないのに燻らせようとしてるのは

球団と関係のある新聞だけじゃないか


地元の東北楽天監督 星野


男気のある指導者で

楽天をグイグイ引っ張って いい監督だと思ってたけど


なんだ このコメントは・・・・


「大谷が米国に行く格好だったから、よそも1位の1枠がなくなると避けた。

そうは思いたくないし、そうは思わないけど、前から話ができていたのか」


最低だな


自分の行動だけを後悔すればいいだろう

何故、疑いを煽るようなコメントをするんだ?


「前から話ができてた」だって?

自分のコメントがどれだけ

ひとりの人間を傷つけるかわかってるのか この男は


18歳の子供だぞ

これからプロになる高校生が

いろんな人の意見を聞く前に

勢いで自分の決意を表明して何が悪い

まだ、プロじゃないんだぞ


優勝します パ・リーグを制覇します とか言って

果たせなかった監督が 何を言ってるんだかwwwwwww

どっちの言葉が重いんだ


他球団は逃げただけだろ

大谷君も日ハムも、なにも悪くない

二つを引き合いに出さずに

ドラフト制度を改革してけよ


どうしても大谷くんを悪者にしたいのか

日ハムを違反球団にでっち上げたいのか


行きたい球団以外から指名されたけど

断って、次の年に単独指名され

晴れて行きたかった球団に行くのだって

別にいいじゃないか

北海道の球団は恨んでなんかいないさ


必要なら今年も指名したはずだ

でも、今年は彼のことは必要なかった

なぜなら、大谷くんの方が実力は上だと見てるからだ


高校生で素晴らしい成績を残し

類稀な才能を見せてくれた優秀な選手だって

まだ、人生経験は浅く、これから勉強して

揉まれて、責任取れる大人になろうとしてる

そのスタート地点に起とうとしてる若者を

なぜマイナスからスタートさせようとするんだろう


薄汚い大人の論理の渦に巻き込まれていく大谷くんを見てて

最近は本当に辛い


北海道は暖かく迎えるよ

笑顔で前を向いて

大手を振って大地に一歩を刻んでくれ

ダルビッシュの番号を背負うからには

日ハムを背負わなければならない重圧が待ってる


若き4番 中田の重圧に勝るとも劣らない

最高のプレーを俺たちの前で見せてくれ


ファイト

闘う君の唄を

闘わない奴等が笑うだろ

ファイト!

2012年12月9日日曜日

大人のオモチャ

軽トラは 楽しいね
造りそのものがシンプルだから
イジリやすい(#^.^#)

大人のオモチャの代表格と言ったら
やっぱりジムニーだけど
今は息子を載せて走ってる

もう少し、ジムニーと遊びたかったけど
その分、ゼットに情熱を傾けてます。

この土日は雪かきをしながら
合間を縫って、またまた
『いい歳こいてバージョン』に変えていきました。

 先ずは 音質改善計画を実行

安物スピーカーが標準の軽トラくんには
安物のツィーターで
音質改善を図ってみた

シャカシャカいってて なかなか いい感じ(´∀`*)

これで、長渕のハーモニカも冴えるぞぉ



次にレーダー探知機

これもアマゾンで買った 安物だ

GPSがどうのとかあるけど
俺はこれだけの機能で十分だ

大体 俺のゼットは
60キロ以上は出さない( ´∀`)

でもって
トラックといえば バックブザーだ

今は流行ってないらしくて
カーショップに行っても取り寄せと言われました

職場のジムニー仲間から
譲ってもらって なんとか装着
バックランプの配線に接続して ピーピー♫

全ての工程を終了して最後にバックギアへ入れてみると
あれっ??ならない・・・・・なんで??

考えた結果、バックランプに電流取られすぎてアンペア不足
電球をLEDに変えたら 景気よくピッピィー鳴りました。
さすがLED(*´∀`*)    エコだなぁ

一通り終えて なんとなく試運転を兼ねて
「いい歳こいて」軍団の御用達ホームセンター、我らがホーマックへGo!!


なんとなく目に入ったのが
台所製品が並ぶコーナー

足を止めてジッーーーーーッと見つめて考えること10分

頭の中で組み立てた設計図と
商品がピッタシ 一致

即買して来た

 この場所に
小物入れを作る

軽トラは 車内に物が置けない
ジャンボはまだイイ方だけど
それでも狭い

先ずは、シート抑えのバンドを外して

 そのボルトと

何故か下には7mmの穴が空いていて

ボルトを入れてくださいと言わんばかり

台所の壁に設置する網を
こんな感じで車内後部に設置
網に引っ掛ける小物も一緒に買ってきたので
早速、ぶら下げてみた

ほらほらいい感じ

でも、走ればガタつくだろうから
背後からタイラップでがっちり固定

シート抑えのバンドも取り付けて   完成
こんな感じ!!

ほぼイメージどおりの出来栄えにヽ(*´∀`)ノ

我ながら 発想の転換はA級ライセンスだww






俺の車は 代々 ナンバープレートが下を向いている

恥ずかしがりやなんだ(^Д^)

でも、オーナーは前向きだよ
顔を上げて、前に進むことしか考えていない( ´∀`)




そして

遂に 車内の青色計画も完成

このブルーの光が俺を狂わすww

でもエアコンパネルは失敗だな

T5LEDに変えただけじゃ左右の端っこが
暗い
これはあとでチップLEDの6連と交換だな

ひとまず今日はここまで

次回は タコメーターの取り付けだ

今夜、平清盛が終わったら、通販で買っちゃおうかなぁ
当然 イルミはブルーだな へっへっへっへ

おっと 大谷が日ハム入だ
よく、決心してくれた
若いから勢いで言ってしまったことは、
いろんな助言で、心変わりしたって誰も責めやしないさ

今回の日ハムのやり方も アッパレだな
フロントもイイ仕事したね

これが
プロの流儀ってやつなんだろうなぁ

とにかく 我らが日ハムの大谷選手誕生だ

期待してるよ~   ( ゚ー゚)ノ)"ガンバレ ( ゚ー゚)ノ)"ガンバレ ファイトォー





2012年12月8日土曜日

年賀状

そろそろ 手を付けないと 大変なことになる年賀状

今年はいつもより78枚多い

消防大学校の同窓74名と教官4名

いやぁ~ やっと今
たった今、住所録の作成を終了したところ

74名一人一人の住所を打ってると
なんだか懐かしくて
また、あの学校に行って
みんなと訓練や研修を受けたい気持ちになってしまう

教官とも会いたいなぁ
座席が一番前だったから
教官とはよく話をしたし
教官と共感するところもあり・・・・(´∀`*)
本当にいろんな角度から勉強させてもらった

でも、74名全ての顔と名前が一致してるかというと
そうでもないんだよなぁ
初めて見る名前もあったりして

俺って半分ぐらいの仲間としか 話ししてないんだなぁ
交流範囲の狭さに自分でもガッカリだよ

もっともっといろんな地方の仲間と
呑んだり、騒いだり、語ったりすれば良かったなぁ

特に沖縄の仲間とは
もっと深い付き合いをすればよかったと後悔してる

北海道と沖縄
行き来することはないけど
日本の端っこ同士だし
お互い解らない事だらけだし仲良くしたいよね

沖縄って今でも泳げるんだろうか
北海道は車より熊の方が多いって 本当かなぁ
なんてね

今となっては、もう遅いけど
同期会なんかがあったら
もっと話をして、全国津々浦々に知り合いを創りたいなぁ

取り敢えず来年の正月は
78名全員に年賀状を出そうと思う

頑張って 裏も作んなきゃ



2012年12月2日日曜日

いい歳こいて

53歳にもなって
いまだに車イジリが大好き親父です

俺のゼットは
以前、職場の仲間が乗ってた中古で
ほぼノーマル

第一弾はマフラーの交換
シフトノブの延長とレバーの交換
ポジション球のLED換装と
H4をホワイトに換装

今日は第2弾として
メーターパネルのLED換装 しかも ブルーだ

先ずはメーターの取り外し
寒い季節のパネルいじりは本来 禁忌だ
でも、我慢できなくて マイナス2度の車内でやっちまいました

上部のビスで止まってるだけで
後は爪がかかってるだけだった

まぁ先に みんカラ なんかで
しっかり調べてやったからわかってたけど

流石 軽トラ チャチイ( ´∀`)

右を外して 左を外し

簡単に 外れてきた






バラバラにするのも爪を外して

チョチョイのチョイだ

基盤だけはネジ1本 使用してた

ここまで 大体 10分

余裕だなヽ(*´∀`)ノ







さて いよいよ チップLEDの交換だ

赤丸の2箇所が数字を照らしてる
あのダサいオレンジのLEDだ

これを外して
ブルーのチップLED3020と交換する

もちろん俺は「ハンダこて」なんか
使ったことなんかない

ホーマックで1,200円の安いやつを買ってきた

ネットで調べたら
「ハンダこて」で溶かして外し、その上に新しいLEDを乗っけて
また「こて」で溶かしてくっつければ大丈夫と書いてたので
実践してみた

しかし ちょっとまて
こんな小さいチップLEDでも プラスとマイナスがあるに違いない
いや、直流だから絶対ある
そこで調べました 極性の見分け方


右下が欠けてる
これで見分けるらしい

見えるわけねぇだろ~こんなもん

そこで老眼鏡プラス虫眼鏡の登場だ

ハッキリはわからないけど 点かなきゃ反対ってことだから
取り敢えずやってみよう ということで


LED換装 完了

わやヘタクソな仕上がり
しかも 曲がってるし(´∀`*)

まぁ 俺の電子技術はこんなもんだサ

点けばいいんだ 点けば


この他に、ODOメーター部もホワイトLEDに換装し
なんとか終了

なんと一発で成功ww
試験点灯も無事終了
今度は組立作業
作業中、メーターパネルの黒い部分が寂しいことに気づき
こんなものを 貼っつけてしまったヽ(*´∀`)ノ


流れ星 と LOVE のシール

これで世界にたった一つの
オリジナルメーターだ

どうだ ワッハッハッハッハ

ワイルド・・・
いや 乙女チックだろう?





車への取り付けは逆作業だから
いたって簡単



これが 完成品

カッコイイヽ(*´∀`)ノ ヽ(*´∀`)ノ

カッコ良すぎる

青色メーター  しびれるなぁ

しかもODOはホワイトだ

今回の作業は

大成功 \(^o^)/ \(^o^)/\(^o^)/


いい歳こいて
今日は、こんな遊びをしてました

そういえば今朝
消防大学校の班長 モモさん からお歳暮が

いやぁ やっぱ モモさん
顔に似合わず 心配りが行き届いてて素晴らしい
大学校の仲間は 一生の宝物だなぁ

俺も なんか送っちゃおうかな
毎年 楽しみだな (´∀`*)

さぁ 歳末特別警戒の始まりだ

気持ちを引き締めて
仕事はキッチリ いくぜ

2012年11月28日水曜日

53歳

気がつけば誕生日が過ぎていた
とうとう53歳だ

親父の知らない
未知の世界へ突入だ

最近 白髪が増えてきたなぁ
染めようかなぁ

誕生日を含む三連休
23,24,25に何をやってたかというと

息子の運転する車の助手席に乗って
教習の先生だ

高校卒業の時に免許を取って依頼4年間
一度も運転することなく大学生活を送った息子

どんだけ下手くそなんだろうと
期待もせずに渋々助手席へ

いや 本当は渋々じゃない
本当はこんな日がやってくることを
長いあいだ心待ちにしてたんだ

息子とふたりで車の練習

口うるさく言う俺に
息子が逆ギレ

そして遠出の帰りには
どこか美味しいラーメン屋で今日の反省会
そこのラーメン屋でも、しつこく車線変更があ~だこ~だうるさい俺
息子の呆れ顔・・・・

そんな親子の情景を夢見てたんだ

スゲェ小っちゃい夢だけど
こんな日が来るとは、あまり現実味がなかった

この三連休は それが現実のものとなり
俺のしつこさは想像以上で
息子の運転技術は、想定してたよりも下手くそじゃなかったww

ようするに、もっと下手くそだと思ってた

まぁ、車庫入れや バックはハンドルをどっちに切れば
車体はどうなるのかという挙動がイマイチつかめてないけど
これは、時間が解決してくれるだろう

俺が教えることは ただひとつ

安全確認だけだ

これさえできれば事故は防げる
そして事故を起こしてしまった時の対処も教えなければならない

なんたって4年間一回も運転してないんだから
超初心者だ

嬉しいことに、息子がよく俺に言ってくれる言葉がある

「お父さんは 運転がうまい
   消防車の運転してたんだから
     教習所の先生よりも確実にお父さんの方がうまい」

息子は俺が日本一運転がうまいと思ってる(^^ゞ

実は俺もそう思ってるww・・・・・・アホ親子か( ´∀`)

素直に喜べばいいのに
その言葉に変に反応する俺

「いいか うまいっていうのは スピードを出せるとか
     狭いところをスイスイ進むとか そういうことじゃないんだぞ!!」
「どれだけ安全確認ができてるかってことだ・・・・・・」

まぁそんなことを言いながら
三日間 息子の助手席でサイドブレーキを握り締めながら
しゃべり続けたヽ(*´∀`)ノ

もう、あとは イイかな
いつまでも助手席に乗られるのも嫌だろうし
俺も正直 自分の用事が足せなくて 困ってたしね

俺のジムニーは お前にやるよ
気に入ってくれてアリガト

俺はゼットに乗るさ








ハイゼット    



軽トラだけどね(^▽^)




2012年11月21日水曜日

管理職会議

今日は組合の管理職会議

俺たちは管理職であっても
災害現場に出動する立場
現場第一主義の活動部隊だ

活動服での出席を申し出ても受け入れてはもらえない
所詮、制服組は、災害現場は無関係か・・・

っていうか消防も「制服組」っていうのかな??

まぁそんなことはどうでもいい

問題は会議の中身だ

議会の資料に目を通し
進行が読み上げる
ただこれだけ

組合幹部が制服着て
遠くから集まって、資料を再確認して質問がなければ終わり

そんなんじゃメールで配布して
「読んでおいて下さい」でいいんじゃねぇ~か?
顔を見るならスカイプでも使ってパソコン上でやればいい

なんもなく30分ぐらいで終わりそうな空気だったので
議会での一般質問の件について
ちょっとだけ投げかけてみた

内容は守秘義務が課せられてるので ナイショ

2年目の今でも管理職の中では最年少だから
怖いもんは何もない
くだらないことでも、今更?っというようなことでも
何でも掘り返して聞いてみる

消防長は「またお前か」みたいな視線を俺に送るけどww

会議に来て 一言も喋らずに
「おはようございます」
「お疲れ様でした」の2回しか口を開かない会議なんて
そんなもん 必要ない

それでも喋るのは消防長と進行と俺だけ・・・・・・

せっかく会議開いてるんだから
もっと激論を交わそうよ
みんな同じ意見なわけないんだから

管理職になる前は
管理職の悪口言ってたでしょう?

あいつらが会議に出ても
消防長や署長の前ではなんも喋らないから意味ない とか

俺も悪口言ってた一人だったけどね
むしろ先鋒かも(^^ゞ

今自分が部下にそんな目で見られてるとしたら
何のために管理職になったのか
それこそ 意味がない

その時 歴史が動いた

そう言われるぐらいの働きをしようと
俺は決めた
自分のために仕事をするのは
辞令を受け取ったその日から やめた

おかげで
日々 悪戦苦闘だ・・・・・それが楽しい






2012年11月18日日曜日

おかえり

今日は特別な日

息子が8年ぶりに帰ってきた
俺のところに戻ってきた

おかえり
ここがお前の家だ

走り続けて
たまには転倒して
起き上がって
時にはトップを独走し
時には周回遅れにされ
喜びや悲しみや苦しみや悔しさ

すべてを経験して
俺のところに戻ってきた

全日本が終わってから2週間
短いキャンパスライフを満喫したみたいだ

陸上部以外の仲間はいないだろうと思っていたのに
ゼミの仲間と温泉旅行に行ったり
先輩と朝まで呑んだり
恩師に挨拶し
高校の時の寮のオバちゃんに会いに行ったり
タバコを吸ったり 寝坊したり 夜更かししたり

普通の大学生がする
普通の大学生活をこの2週間過ごしてたみたいだ

札幌に思い残すことはないかな?
そんなことはないよな
いつだって、思い出すし また行きたい

俺だってそうだ
今だって東京に行きたいと思う時があるし
あのまま東京にいたらどうなってたかな?

なんて、考えることがある
でも、それは現実的じゃない

懐かしく思える自分が今あるから
過去を綺麗な思い出にできる

息子にもそうなって欲しい
これからまた新たな試練がいっぱいある

向かっていくのもいいし
避けて通るのもいい
まわり道しても
少し後退したっていい

つま先が 目指すところを向いてれば
それでいい

あぁ明日から
ただいまァって帰宅したら

でっけぇ息子がいるんだな

ウザってぇ けど 楽しくやるさww

2012年11月15日木曜日

オッカちゃんが  いない

月曜日から今日まで
そして 明日も

俺は5日間連続で
朝食はカレーライスを喰ってる

大好物は?
と聞かれたら 先ず第一に カレーライスと言うだろう

しかし 誰が作ってもイイとは限らない
一番美味しくて 今も鮮明に覚えてる味がある

まぁ一番は オッカちゃんのだけど・・・

2番目に美味しいカレーと
3番目は忘れられないカレー

ひとつは東京都多摩市永山駅のガード下にあったカレー屋さん
独身寮にいた時
月に一度だけ、そこのキャベツ入りのカツカレーを食うのが
俺の楽しみでもあり、モチベーションを維持させるための
大事な行事でもあった。

あったというのは 今はないということで
当然俺は消防大学校に入校したときに
真っ先に行ってみた

食べれることを信じて ヨダレが出そうなくらい楽しみにして
京王線を降りた・・・

なかったんだよね

そこにはでかいパチンコ屋があって
俺が青春を過ごした永山駅の
ガード下はまるで違う場所のように
景色が一掃されていた・・・残念

そしてもうひとつは
新宿駅のカレー
券売機でメニューを選び
出てくるのはステンレスの器に入った
犬の餌みたいなカレー

俺はそこで初めて
カレーに生卵をかけて食べることを覚えた

東京の人間はこんなもん食ってるのか
まるで、今日一日動く燃料を補給してるようなもんだな

でも俺にとっては忘れられない場所

初めて買った中古のセリカのリフトバッグ
そしてはじめて走った花の東京ど真ん中 新宿

そして初めて事故った 新宿住友ビル前
横から来た乗用車に追突され
その弾みで対向車線にはみ出し
止まっていたタクシーに衝突
対向車線を走ってきたランクルに激突され
4台の大事故
しかも新宿

奇跡的に誰も怪我をせず
俺の車は、運転席だけが追突を免れ
他はメチャメチャ
見るも無残なスクラップ状態だった

事故処理が終わり
残ったのは24回払いの借金・・・残りは22回

肩をがっくり落とし
電車で帰るために歩いて向かった新宿駅

人生最悪の日だった
いや、あれだけの事故で誰も怪我をしなかったのは最良というべきか

そのとき食べたカレーが忘れられない
三角の場所の角にある 狭い立ち食いのカレー屋

忘れられない

ということで 何故 5日間もカレーを食ってるかというと
オッカちゃんがいないのだぁ~

とうとう逃げられたのだぁ~
5日間も帰ってこないのだぁ~

ってわけではない

息子の引越しの手伝いのために
俺とバアちゃん二人を残して札幌に行ってしまった

「あんた カレー好きなんだから
私のいない間、カレーだけで我慢できるよね」

「ハイ 我慢します」

んわけで 明日の朝も カレーだ
嘘か真か カレーは日が経つと美味しくなるっていうけど
本当かもしれない
事実、毎日味は変わってるような気がする・・・・

それとも カレーばっかり食って
味覚が麻痺してきたか?

いずれにしても俺のカレー生活は 明日で終焉を迎える


明日はどんな味するんだろう
楽しみだ

2012年11月9日金曜日

薪ストーブ

今年もまた
これのお世話になる季節がやって来た

家を建て替えたときにチョット無理して
長年の夢だった 薪ストーブの導入に踏み切った

本当はオール電化のコンクリート住宅という
火災とは無縁で安全な建物ということをコンセプトに
進めていったこの家も

思いっきり 煙と炎が出る薪ストーブの魅力には勝てなかった
っていうか
我慢できなかったヽ(*´∀`)ノ

木造住宅では貫通部に必ず入る メガネ石 などもコンクリート住宅には無用
1階から2階を通ってストレートに屋上まで煙突が伸びている

この薪ストーブのお世話になって今年で4回目の冬がやって来る
床暖と蓄熱暖房の二段構えで、思いっきりオール電化のこの家も

年内は床暖の最低セッティングだけで 家の中は年中 半袖
流石に寒中は床暖だけでは肌寒い
セッティングを高くすれば暖かいんだけど
電気代がもったいない

そこで薪ストーブの出番だ

この暖かさを経験したら 
他の暖房器具なんて 比較にならないくらい
柔らかい暖かさで家中がポカポカ

っていうか 逆に熱いくらい(^^ゞ
家中真夏に逆戻りww

というわけで
先日、2回目の煙突掃除をやってみた

1回目は2年前
人生初めての煙突掃除
煙突を外して袋を被せて・・・・ってスゲェ大掛かり

あぁなんだか面倒だなぁ と思いながらも
悪戦苦闘してリビングもなんとなく煤の臭が漂って
オッかちゃんの不穏な空気も漂って
やっとなんとか終了したって感じだった

煙突掃除は毎年やらなくても
乾燥したいい薪を使えば2年に一回ぐらいでいいよって
設定してくれた業者さんが言ってたので
昨年はパス

今年は意を決して人生2回目の煙突掃除

ネットで色々と調べた結果
すごい簡単な方法を発見

それが これ

煙突は外す必要なし

ストーブの天板だけを外して

煙突に通じる穴に
ビニール袋をテープで引っ付けて
準備完了

ストーブ自体は
春のシーズンオフに掃除してあるから

なまら短時間で準備が終わった

時間にして5分 ワヤ簡単






後は屋上に上がって
上から ゴシゴシ するだけ

家の煙突は真っ直ぐだから
何の抵抗もなくスルスルと入っていく

結果はこの通り

ストーブ回りを養生することもなく

煤を舞散らかすこともなく

煙突の煤は見事に全てビニール袋の中

きれい 早い 簡単 の三拍子

これなら毎年やってもイイかな

でも2年でこれくらいしか出ないなら
大丈夫か








今シーズンも 焼き芋を焼いたり
ダッジオーブンでワケの判らない料理作ったり
楽しみだなぁ

やっぱり人間は 炎 を制し
炎と上手く付き合い
炎に助けられて生きてきた生き物なんだなぁって
つくづく思う

だから俺は
たまに炎が暴れ悪さをするのを防ぐために
消防士になった

なんちゃって (^▽^)

今思いついただけぇ~  へへ





2012年11月4日日曜日

1分39秒

ラストラン

第44回全日本大学駅伝

第1区を走る息子を
朝からジッとテレビで応援していた。

昨日、テレビ番組で全日本大学駅伝の特集があり
たまたまスポーツクラブで、それを見ることができた。

北海道のチーム紹介で主将の息子が
インタビューに応えていた。

「いままでお世話になった方々への感謝の気持ちを込めて
いろんな思いを背負って 一生懸命走りたい」

競技生活にピリオドを打つ 息子らしいコメントだなって

親の俺としては
今まで、いろんなこと背負ってきたんだから
最後の駅伝くらいは 楽しく リラックスして
思いっきり走って、悔いのないようにして欲しい

それだけが願いだ

スタートから互いに牽制し合うスローペース
これは、ラスト10キロ過ぎからのスパート合戦だ

第一集団の後方に食らいついていたが
徐々に第2集団になり
ラスト3キロは帝京と争っていた。

関東の大学に負けるな!!

それが俺たち親子の 合言葉(^^ゞ

スタート地点で笑顔でいた息子を見た オッかちゃんは

「緊張していない リラックスしてるの初めて見たね」って言っていた
正しく俺もそう思っていた
今日はいい走りができる予感がしていた

結果は18位で襷を渡した
でも、トップとの差は 1分39秒だ

14キロ走って 1分39秒
この差は
いつも1区を走る息子の今までの駅伝記録では最短だ
しかも、競いながらの中継点をテレビで見たのも
初めてだった

熱い走りをしたんだな 
最後の思いをぶつけたんだな
最後にいい走りが出来て よかった
本当に良かった

息子の走りが終わって
一息ついていたら

なんと!  息子から電話!!

今まで中学校から10年間の競技生活の中で
走り終わってから 電話なんか かかってきたことなんかないぞ?

これは もしかしたら

もしかしたら

「お父さん お母さん 今まで 支えてくれてありがとう」

とか

「最後の走りが終わりました お世話になりました」

とか そんな感じの電話じゃないか?

お前出ろ!
やだよ!
俺は出ないぞ そんなこと言われたら俺泣くからな
いいから お前出ろ
あんた 出なさいよ あんたに電話なんだから・・・・

そんなことしてる内に 電話は切れてしまった(;゚Д゚)!

恐る恐る こちらからかけ直してみる・・・

息子はすぐに出た

「よぉ 頑張ったな」 とか言いながら
息子の次の言葉を待っていた

ついに ついに その言葉を言われる時が来たのか?

「あのさぁ ネット混雑してて、繋がりづらくなってるから
リモコンでdボタン押してさぁ
順位と時間差が出るから 写メ撮って送ってくんない?」

「あっ そ そうか わかった とにかく おつかれさん・・・・・・」

「じゃ頼むね」

あれっ!? それだけ?

あのぉ 今まで・・・とか  お世話に・・・・とか

感動するような言葉は   な い の か な ・ ・ ・

現実はそんなもんかww

その後は、この写メを
中継の度にひたすら撮って 息子に送りました(^^ゞ
















やれやれ
レースの度に ヒヤヒヤ ドキドキ の連続だった
俺たちの肩の荷も これでやっと降りたか

長いようで短いような10年間だった

おっかちゃんと 顔を見合わせ
ニコって 

「終わったね お互いご苦労さま」



2012年10月29日月曜日

宝物

俺には
自分の命よりも大事な大切な
宝物が3つ ある

そのひとつが
今日20回目の誕生日を迎えた

当家の最終兵器として
誕生した次男坊は今

一人で安いアパートで薬剤師を目指して奮闘している

頭の悪い俺には、理解できないが
なかなか大変そうだ

その次男の二十歳の誕生日を
兄姉で祝おうと
2日早いけど、次男のアパートに集合

母親に似て
大雑把な姉は
「めんどくさいからローソクはいいよね?」
と言うと

俺に似て神経質な兄は
「ダメだよ、ちゃんとやらなきゃ せっかく20本あるんだから」と

姉が買ってきたケーキにせっせと20本のローソクを立てる

それをジッと見つめる
マイペースな次男



でもローソクに火が着いて
写真撮るぞぉ~ って俺が言うと

「待って 灯り消すから」とか言って
結構、嬉しそうだったww

火を消す前に
手なんか叩いちゃってるし  かわいい(*´∀`*)




次男がいれたコーヒーで乾杯!!

丸いケーキを4等分に切って・・・

とかいう面倒なことはせず
4人でスプーンを持ち
4方向から一気に食べましたww
火曜日には試験があるということで
勉強の邪魔をしちゃいけないし

兄姉3人でお祝いするというミッションは
達成されたので

早めに現場引揚

3人でススキノへ(^^ゞ

一件目の居酒屋が大失敗だったので
全日本大学駅伝を控えている長男は
腹が収まらない

足りない ということで
先日、消防長に連れてってもらって
超美味しかったラーメン屋に二人を連れて行った


醤油ラーメンの専門店 一平

味噌ラーメンが本場の札幌で
醤油で勝負をかける根性があるだけに

流石に 半端なく 美味い

二人も大満足してくれて
俺も嬉しかったけど

財布も 超 軽くなった(;´Д`)



次の日は
長男のアパートへ
そろそろ引越しの準備もあるし
不要なものがあるから、持ってって欲しいということで

アパートへ向かう途中で
大学の正門前を通過したら
なんとなんと 正門の看板に長男のデカデカな写真が目に飛び込んできた


熱く走り 熱く挑戦


カッコイイ!!!!

なんと
先日俺たちが応援に行った時の
北海道予選のゴールシーンだ







大学の看板男だなww って
長男に言ったら

「カッコ悪くて学校歩けねぇよ」
「あっ! 写真の人だって指さされるし・・・」

またまたぁ 嫌じゃないくせに(#^.^#)

来週はいよいよ
長男のラストラン

中学から走り続けて10年
ひとつのピリオドを打つ

いろんな思いを込めて 熱く走ってくれ

それぞれの道で 熱く挑戦してくれ
俺の宝物たち

2012年10月25日木曜日

ワイルドな食生活

最近は市役所に出向くことが多い

昨日なんか、副市長から突然
「今すぐ、来い」の至上命令が下され
まだ、未完成の資料を抱えてぶっ飛んで行った。

忙しい時間を割いてもらって
貴重な時間を消防の改革のために
耳を傾けてくれるわけだから
何があってもマッハで行かなければならない。

こちらの本気度と真剣さをちゃんと伝えなきゃね

そんなわけでハードな仕事には
ワイルドな食生活が欠かせないww

「ただいまぁ」と玄関を開けて
先ず俺が向かうのは

仏壇!!

親父に「今日も無事に帰ってきました」と報告し

チンチィ~ン

何故か親父の仏壇には いつも お菓子が上がってて
しかも、生前親父が「んなもん喰うわけねぇ~だろ」的な

ハッピーターン
隣には これは母親が上げた


そしてオッカちゃんが上げた
バナナ











服を着替えることもなく
真っ先にこれだけ食べる
写真のハーッピーターンは
仏壇のではない

なんと
新潟出身の女性救命士が
実家から送って来たということで
御裾分けしてもらった

亀田製菓工場直入の貴重なハッピ-ターンだ!!


心なしか
安物の袋入りハッピーターンとは違い、最高に美味い 感じがするw

そして、夕食
なんと今夜は自家製の物ばかり

この中で自家製じゃないのは

鶏肉と発泡酒だけ(*^^)v

芋はバァちゃんが裏の畑で作ったメークイン

塩辛は函館湾で採れた真イカの麹漬け

芋にはヤッパリ塩辛さ!!

キュウリはホーマックから苗を買ってきて
適当に植えておいたら、バンバン実になって
仕方ないからオッカちゃんが焼酎漬けにした
いいかげんな漬物

玉ねぎもバァちゃんの畑
厚揚げは、近所の漁師からもらった
ホッケすり身を揚げたもの

これが俺のパワーの源だ

発泡酒は凍るぐらいギンギンに冷えた
麒麟 淡麗 グリーンラベル 糖質70%オフだ

これだけで俺は酔っ払ってしまい
ソファに居眠りをこいてしまい
オッカちゃんにたたき起こされ

「そんなデカイ図体でじゃまなんだよ!!
         さっさと風呂に入りやがれ」

と怒鳴られる・・・・

ワイルドだろ~




ウチのオッカちゃん (T_T)/~~~


2012年10月21日日曜日

全国高校駅伝競走大会北海道予選会

今年の高校駅伝は北斗市で開催されました。
俺は陸協に登録してるので
大会役員として中継所の記録係を手伝わされました。

日勤になってから、土日が休みになるので
何か、消防とは違う活動をしてみたいと思っていたところ
中学校の恩師である
道南陸協の会長から声を掛けられました

「お前、土日休みになったんだべ?
  陸上競技の手伝いしろ、申込書は俺が書いておくから
    いいが? いいべ? いつか3,000円持ってこい」

中学校の時のバスケ部の監督であり、担任であった先生

漁師になることを決めていた俺は
高校へ行く予定はなかった
当然、勉強もせずに成績も最悪
入る高校なんてあるわけがない

ある日、「漁師になるにしても、高校だけは出た方がいいぞ」
って先生に言われ
「そうかなぁ?」と思いつつも、その気になってしまった俺

しかし、勉強の仕方さえ知らないし
恥ずかしい話が、今だから言うけど
中学3年生で割り算ができなかった・・・

ただ、英語だけはなんだか平均点をとっていた

洋楽を聞いていたせいで
ビートルズなんかの優しい英語は耳で覚えていて

When I was younger
So much younger than today
I never needed anybody's help in any way

とか今でも書けちゃうんだもんね(n‘∀‘)η

そんなアホな俺を見捨てないで
この先生は
入試前1ヶ月で、これだけは絶対に間違うなって
ところをノートに書いてくれて、放課後俺の勉強を見てくれた。

おかげで俺は、なんとか公立高校に合格\(^o^)/

こんな先生、今いるか?
金八先生より以前の話だ

そして
紆余曲折を経て 俺は消防の世界へ入った。

そんな先生に声をかけられたら
断れるわけがない
っていうか 断ったら 殺される((((;゚Д゚))))

んな訳で
朝6時に起きて 7時に役員ミーティング
8時に中継所についてスタンバイ
スタートは10時だ

俺は女子の第3中継所の担当
「あぁ~どうせなら男子の中継所をやりたかったなぁ」

なんて思っていたら
なんと 100m手前が男子の第2中継所
しかも、札幌山の手のケニア人留学生
ドゥングがアップしてるではないか

今年は楽勝だな

札幌山の手は息子が2年の時に 全道初優勝
都大路にも2回連れてって貰ったし
監督にもお世話になった

当然、俺はOBの親として応援だ

しかし、結果は30秒の差で大谷室蘭に惨敗

いくらドゥングが速くても54秒も開けられたら
キツいだろうな

まだ、16歳の子供だ
ワケのわからない日本にやってきて
みんなから絶大な期待を寄せられ
プレッシャーと戦いながらよく頑張ってくれた

駅伝はみんなで走るもの
個人競技ではない
心を一つにして襷を継なぐ
だから、日本人は駅伝が好きなんだ

息子も大学の練習がない暇な時に
ちょくちょく顔を出して
練習で引っ張ってやってたみたいだし

「あんなに 練習してたのに 残念」
「ドゥングがかわいそう」
先輩として悔しそうだったけど

練習を一緒にやってて
ちょっとは危機感を持っていたみたいだ

俺たちの無責任な期待なんかと違って
冷静に戦力を分析してたんだね

でも、あの監督なら やってくれる
来年は必ず素晴らしいチームに作り直してくる
リベンジを意識した1年間は
キツイ一年になると思うけど
あの監督は不屈の精神を持ってる野心家だから

若い学生はその魅力に引っ張られ着いて行く

来年は頼むぞ 監督そして学生たち

北海道の高校が都大路で先頭を走り
全国制覇することは決して夢じゃないんだから

あぁ 長いなぁ  今日の日記は・・・・(^^ゞ

2012年10月16日火曜日

防災ヘリとの連携

今日は北海道防災航空室のヘリとの連携訓練を実施
北斗消防から1名の隊員を航空隊に送り込んでる縁もあり

ようやく実現した合同の連携訓練です

「ようやく」というのは
訓練がやりづらいとか、レベルが違いすぎてとか
事務手続きが面倒でとか
そんな話ではない
要するに、こちら側が勝手に壁を作ってしまい
困難な状況にしてしまっていただけの話

何度か航空室に顔を出し
室長とあって組織の仕組みを教えてもらい
隊長や隊員たちとも話が出来たことは
今回の訓練においても、大変有効だったと思う

室長や隊長は
いつもこんな話をしてくれました。

「近隣の消防は頻繁に活用してますが
遠方、特に道西地区の利用状況は低いです」

「ヘリがあったらいいなぁ と思った時には
連絡だけでも先にください」

「要請があれば直ぐに飛び立てるように準備します」

「必要なくなった時点で却下すればそれでOKです」

「ヘリが到着するまでに活動が終了すれば
  それは、それで良かったということです」

「空振りは、ぜんぜん構いません
  自分のところの隊のひとつと考えて下さい」

案外、身近なところに航空隊はあったんですねww

今日の訓練は、山岳救助を想定した内容でしたが
どうせやるなら、陸上からの救助は不可能だから
ヘリを要請して 後は航空隊に全てお任せ
そんなつまらない訓練はやらない

アリかナシか
北斗消防の救助隊員をヘリに搭乗させ
要救助者の位置で降下させて
航空隊員とともに救出活動後
ヘリへ収容し、最後は救急隊に引き継ぐ
そこまで実施した。

俺は現場指揮として
現着から通報者への接触と状況把握
活動方針の決定と、ヘリ要請から、臨着場の手配
航空隊との交信とヘリの誘導
航空隊長と北斗の救急隊長、救助隊長を交えて
救助方法と活動内容の確認

いろいろと初めての経験があって
活動の手順や要領を再確認することができ
大変有意義だった。

救助隊員も、ヘリ搭乗から降下まで
日頃の訓練とは違った緊張感があったり
航空隊員との交流、顔の見える関係が構築でき
得るものはたくさんあった。

訓練の反省点は後ほど
航空室と連絡しあって
ブッチャケた話、良かった点と悪かった点
もう少しここをこうして欲しいという要望を
お互いに話し合うことにしている。

実施したことの満足感だけでは
訓練の効果は半減し台無しにしてしまう
大事なことは今後のために
何を成すべきか ですね

もう一つ
俺が感じて欲しかったことは
若い職員

今は知識や技術がなくても
今日、目で見た訓練、隊員の活動
これら全てに、いつかは自分も近づきたい
そのために日々訓練を続けなければならない

そんな気持ちを
持ってくれれば今日の訓練は大成功かな・・・

さて 次は
どんな訓練を企画してくれるのかな
楽しみだww







2012年10月15日月曜日

で 昨日の続き

過保護

3人の子供たちのことを考えていた

一番気になっていたのは長男
中学を卒業して札幌の高校へ進学

陸上競技を続けたいという気持ちで
家を離れてから今年で8年目

中学までは厳しく育てたつもり
まさか、15歳で家を離れるとは思ってもみなかった
しかも、一番甘えん坊だった長男
あっさりと家を出ていってしまった。

15年間、ちゃんと育てたつもりだけど
何か足りないんじゃないか
親の愛情をちゃんと受けてないんじゃないか
教えなければならないことが
まだ、あったんじゃないか

親として、男同士として、先輩として
たくさん、付き合わなかればならないことが
山ほどあったはずだ

その長男が帰ってくる
俺のもとへ戻ってきてくれる

実業団へ入ってニューイャー駅伝を走るという夢は
儚く散ったけど

地元への就職が決まって
家から通勤できる距離

8年ぶりに自分の戻るべきところに戻ってくる
いろんな世界を見て
いろんな体験をして
いろんな人にお世話になり
いろんな人に迷惑をかけ
いろんな人とめぐり合い

俺のそばで暮らす8年間よりも
ずっと貴重な経験を積んで
戻ってくる

家を建て替えたとき、長男の部屋は
ちゃんと海の見える一番見晴らしのいい部屋にした

23歳になった息子を
過保護にしてしまいそうな自分がいることに
気がついている

今までは学生
所詮、親の金で生活してきた8年間だ
これから
社会人として教えなければならないことが
たくさんある

酒の呑み方
女との遊び方
ストレスの発散の仕方
上司に怒られた時の対応
仕事と趣味と遊びのバランス
車の改造の仕方
クレジットカード地獄の実態
友達との付き合い
自由と責任の意味

過保護かぁ

保護されるのは   俺かなww


2012年10月14日日曜日

過保護?

1ヶ月前から 熱帯魚を飼っている
45センチの小さな水槽に水草を張って
神の池のような感じにして楽しんでます

もともと魚が好きっていうか
水中が好き

できれば水中で暮らしたいww

自分が暮らすならこんな水の中がいいなぁ
って感じで水槽をレイアウト
いやいや
写真が下手で
テレビ画面が映ちゃってますね(/ω\)

中には
スマトラちゃんがいます

優雅に泳いでるのを見てると
時間があっという間に過ぎて

オッかちゃんから
「水槽の中に入ればいいべさ」
って冷やかされます



もともと神経質な俺は
水質が気になりだして
ph値を測る リトマス試験紙を買いに
いつものホーマックへ

水槽を立ち上げる時に
いろいろと教えてくれた熱帯魚担当のオバちゃんに

「いやぁなんだか、水質とか気になっちゃって・・・」
「Ph値測る試験紙ありますか?」

オバちゃん 曰く
「あんまり気にしないほうがいいよぉ
  気になり出すといろんな液体入れたくなっちゃうし
    魚は順応していくから、あんまり過保護にしないほうがいい
      子育てと同じだよ(笑)・・」

そっかぁ 店の従業員なのに
買わないほうがいいと勧められたら
買わないほうがいいかな

あっさり納得して
結局 作成中のバーコラに塗る
防腐剤だけ買って帰ってきた

帰りの車中で、なんとなく考えた

過保護かぁ・・・・・・・

続きは明日だな
一週間が始まるし 寝るとしようz z z z

2012年10月13日土曜日

ナンバー2との対話

なんと なんと
今日はビックリなビッグなことがありました

北斗市ナンバー2
北斗市の副市長が消防にやってきた

消防の現状を知りたい
今の体制はどうなってるのか
職員は足りてるのか
デジタルは? 指令室の一元化は?
デメリットはないのか?
市民へのサービス低下は発生しないのか?

時間にして約1時間
いろいろなことを質問されましたが
ここは、本当の実態 虚像ではなく 真実を知ってもらうためには
千載一遇のチャンスとなることは間違いない。

ここを逃したら、二度と行政には消防の改革に目を向けてもらえないと
俺は判断した。

副市長とは以前も何度か話をしたことはあっても
やっぱり緊張するし、言葉は選ばなければならない。

聞いてきた内容は、ほとんどが俺の担当
消防活動体制についてだ
市民の生活に直接影響がある消火活動について
副市長は懸念を抱いており
俺は正直に実態を説明し改善を訴えた

もちろん内容については ここで書くことはできない

市民へのサービス低下はないか
それを一番心配していた副市長と
面と向かってこのような話ができたこと自体
市民の安全を守り安心を提供しなければならない消防にとって
それこそがメリットであり
消防の体制が向上することは
イコール市民の安全安心の向上に直結する。

先ずは行政のトップスリーに
消防に関心を持ってもらうことが大事だ

市役所の体制と違って勤務体型自体が
理解しづらいところがあるようで
消防独特の体制は、最初からこの世界に入ってきた
俺たちと違って、不可解なことが多いようです。

そろそろ来年度の予算を手掛ける時期
緊縮財政であることは間違いない
限られた予算の中で
最大限の効果を上げなければならない

求められるものは大きいし
それに答えなければならない義務が俺たちにはある
一人ひとりが消防で働いてる意義を今一度再確認し
消防の任務と目的を果たさなければならない。

気合入れて ヤッタルデェ~







2012年10月8日月曜日

出雲駅伝

今日はテレビの前で息子を応援
北海道学連選抜の1区

毎年のことながら
1区はドガ~ンと大きくテレビに写るww

でも、テレビに映るのは最初だけで
徐々に画面から消えていっちゃうんだよなぁ(哀)

学生三大駅伝とかいいながら
箱根は関東学連しか出場できないから
実質、地方の学生にとっては
出雲駅伝と全日本大学駅伝の2回しかない

しかも盛り上がりは箱根がダントツで
他の二つは今ひとつ盛り上がらない・・・

正月の恒例行事には適わないな

そんな訳で
息子は関東の大学には並々ならぬ
闘争心を持っていて(笑)
箱根スター軍団のどれかひとつでも喰ってやる
とか言って、今日はなんとか4キロまでは
トップグループに着いてたみたいだ

北海道の陸上選手としては、上出来だと親バカは思うわけで
練習量が違うとか
競う奴がいないとか
雪降るんだからしょうがないとか
そんな言い訳は今の時代、通用しないのは解っていても
やっぱり北海道じゃ厳しいよ
速い選手は関東に行っちゃうんだから・・・・

今年は息子の後輩の小椋君が入学した青学が優勝
青学は力つけてきたなぁ
順大も王者復活って感じだし
明治はよくビリからあそこまで追い上げた
東洋は柏原が抜けてもエース級が
二人もいる、しかも双子
早稲田は大迫が8キロの走り方を知らないな

とか解説者みたいな知ったかぶりしちゃって
肝心の息子は・・・・

途中まったくテレビに映らなくて
ビリの明治は映るけど
トップとビリの中間付近を走ってるグループは
まったく映らない
いつもどおり
早稲田が下がっていくと瀬古は不機嫌そうだしww

第一中継所が映ったときに
ドッガ~ンと入ってきたところをモロにアップで映った

やったぁ

とりあえずテレビに映ると喜ぶ 単純な父親でして(汗)
おぉぉぉ来た来た
意外と速かったジャン 

結果は14位
悔しいなぁ
せめて 広島と立命館には勝ちたかったなぁ

俺が悔しがってもしゃーないけど
息子が一番悔しいだろうなぁ

でも、4年間楽しませてもらった
お疲れ様

全日本もテレビで応援だな
残り少ない学生の競技生活
今まで、チームに貢献したんだし
これからは、楽しいんでほしいな
自分のためだけに走ってほしい

来年は一緒にサロマでも 出ようぜ
100キロなら 俺は お前より速いかも

んな わけ ないか・・・




2012年10月4日木曜日

ワン・ツー・スリー

やってくれました 北斗署チーム

本署から4隊 分署から1隊 出張所から2隊
七飯から4隊 鹿部から1隊
合計12隊出場で争われた今回の錬成会

トップスリーは北斗で取った
しかし、準優勝は出張所隊に食い込まれたのが・・・チョー悔しい

減点がなければ完璧なワン・ツー・スリーだった

減点はタイムに5秒と10秒のペナルティが加算される
しかし
俺たちの活動に 減点などというものがあってはならない
本来なら減点イコール失格だ

訓練だから許される減点

優勝と準優勝チームは 減点のない完璧な勝利だ
3位隊は10秒のペナルティ
ここは惨敗だ

今日の結果は訓練で終わることなく
必ず現場に反映させること。それが一番大事だ

開始前、全員を集めて気合を入れた
「今、自分ができる最高のパフォーマンスを見せろ!」
「もし、隊長が納得のいかない減点をされたら俺に伝えろ
   他の審査員と戦ってやる!」
俺たち管理職ができることはそれぐらいだ

一人の職員として本署の管理職としては
自分とこの隊が可愛い
可愛いからこそ、他隊や審査員からクレームのつかない
比類なきタイムと活動で 綺麗に勝たせてやりたい。


そして審査員としては
他の隊よりも、もっと厳しい目で自分とこの隊を審査してやること

自分とこの隊を可愛がるということは、そういうことだ
決してかばう事ではない

今頃は勝利の美酒に酔いしれてるだろう
祝勝会に誘われたけど、遠慮しておいた
勝利は彼らのものだ
そこに管理職が入ったって 野暮なだけ
署長と予防課長と相談してご祝儀をあげた

明日 二日酔いで出てきたら
ぶっ飛ばしてやるからな!!



2012年10月2日火曜日

錬成会

学習塾ではない

組合消防の三署が集まって
職員の技術の練磨と署所相互の連携を図り・・・

などともっともらしい理由を付けて行う
所謂、競技会だ

一定のルールと大会要綱を作成し
一隊5人編成で行う競争で
ベテラン職員には知恵を絞らせ
若い職員には汗を絞らせる絶好の機会だ

こんなのやめて違うことやろう という意見が
ちらほら出てるけれども
やめる必要はない。と俺は思っている。
若い職員には競合させることで得るものがたくさんある
ベテランは体力勝負から技術勝負に
変換しなければならないことに気が付く

違うことをやりたければ
別に儲ければいい
何をどうやりたいか、具体案を出さないまま
この競技会をなくして欲しくはないね

まぁただ 大会に向けて一生懸命やるのはいいんだけど
他の隊を批判する奴が出てくるのも事実

自分とこの隊を優勝させたいのはみんな同じ
それでチームで知恵を出し合って
トライアンドエラーを繰り返し
ひとつのものを完成させていく

それが、現場で生かされれば、この大会の目的は
そこで初めて達成される。

俺たちの訓練とはそういうものだ

なんてカッコイイこと言ってるけど
内心は 本署のメンツにかけて
分署や出張所には負けて欲しくない

明日はみんなで楽しい祝勝会ができればいいな

みんな ガンバレ( ゚ー゚)ノ)"ガンバレ

2012年9月30日日曜日

函館ハーフ

なんとか完走
時間は・・・・・2時間12分

ワースト記録を見事に更新しました

最初からオッかちゃんと併走しようと考えていたけれど
後半とラスト3kmは、俺が着いていけない状態だった

職場の名前が入ったランニングシャツを来てたから
あちこちから声援が飛んできて
いやぁ マイッタマイッタ

声援ありがとうございました

同じ組合の消防や近隣の消防の人からも
声をかけられ
走りながら、お互いに自己紹介(笑)

「いやぁ どうもどうも お互い頑張りましょう」

とか言いながら 簡単に追い越されました(/ω\)

走った後、記録証とともに写真を撮ってもらいました

帰ってから新聞を見てたら
兵庫で工場火災があって 28歳の消防副士長が殉職したらしい

大学校で同室だった中隊長が西宮にいるけど
応援出動してるんだろうか
大丈夫なんだろうか・・・心配だ

化学工場火災は本当に難しい

何が難しいかというと
化学の知識が消防は乏しい

何が原因で火災になったのか
今、どんな状況なのか
この先、どうなるのか

従業員から説明を聞いても
なかなか理解できない時がある

従業員の予想をはるかに超えた現象が起きれば
今回のような事故が発生する

指揮隊は判断に迷う
迷った時には安全策を取る

しかし、
人命救助が必要なら・・・・・・
消防なら・・・・・

命懸けで仕事をする これが俺たち消防
しかし 「命知らず」ではない

隊員の安全があって初めて人命救助は成功する。

職務を全うした消防副士長のご冥福をお祈りするとともに
今後、このような悲しい事故が発生しないよう
我々消防職員は知識と技術を身に着けるため
寸暇を惜しんで努力と訓練を継続しなければならない。

2012年9月27日木曜日

走れない

陽が落ちるのが早くて
仕事から帰ってからじゃ、暗くて走れない

体重が重くて膝が痛くて走れない

完璧な言い訳を準備して
挑む 今度のマラソン大会

今度の日曜日は
今年最後のマラソン大会
函館ハーフマラソンだ

今日、ちょっと走ってみたら
出張所までの片道7kmが
遠いのなんのって

途中から雨は降ってくるし
往復14km 最後は歩いてしまった

函館ハーフマラソンは毎年
神社のお祭りと同じ日で行事が重なる

氏子の世話役を仰せつかっている俺は
氏子総代に頼んでマラソンの方に出場させてもらっている

しかも、総代は消防団の分団長でもある((((;゚Д゚))))

更に 函館ハーフマラソンは
消防から沢山のボランティアで
AEDバイク隊やメディカルランナーも出場する

カッコ悪い走りはできない
途中リタイヤなんかしようもんなら
月曜日に何を言われるかわからない《゚Д゚》

何が何でも完走しなきゃ
タイムより完走だ!!

お祭りをサボり
部下がボランティアをしている
マラソン大会

なんだか 変なプレッシャーがあって
緊張してきたぞ




2012年9月23日日曜日

札幌へ

土日で 子供達3人がいる 札幌へ
バイクで行ってきた

出発した時は 太陽が出てて 暖かかったのに
札幌へ着いたのは18時

流石に本来の9月の北海道は
陽が落ちると寒かった

中山峠から石山通りにかけてブルブル震えてた
今年はバイクの遠乗りができなかった
一番いい時期に消防大学校だったからね
サロマも今年は走れなかったし

でも一回ぐらいはやっぱりバイクで
300kmぐらい走らなきゃ 気持ちが落ち着かないし
第一 俺のバイクが許してくれない

一日目は娘と、もつ鍋屋で一杯
プリプリで美味かったなぁ
娘は働いてるから勘定は割り勘だ(^^ゞ

二日目は長男の陸上の応援
北海道の大会はこれが最後
小学生から走り続けた息子のトラック競技は
学生生活でこれが最後だ

今回、札幌に来たのはこれが最大の目的
北海道学生陸上競技選手権大会

一度は挫折した息子が、大学で4年間
走り続けることができたのは
この大学の監督のおかげ
仲間のおかげ
そして、何より本人の頑張りだ

全日本大学駅伝と出雲駅伝がまだあるけど
トラック競技は本当に最後
社会人になったら競技に出場するのかは
わからないけれど
最後の走りは10000m 30分23秒
一周72秒でラストに70秒なら30分は切れたんだけど
73 74が何周かあった

それでも大会新記録で優勝した

一番高いところで表彰を受けていた

この大会に名前が刻まれた\(^o^)/

今日は5000にも出ると言ってたけど
どうだったのかな
応援できなかったけど

息子は頑張ったと思う

なんたって俺の息子だからね(^Д^)




その日の夜は 当然 お祝いだ
居酒屋の 飲み食い放題 で二人で酔っ払った゚(゚´Д`゚)゚

2012年9月21日金曜日

やっと 秋かな

昨日までは 北海道の9月らしくない残暑で
気温30度 湿度80%もあったのに

今日はまた いきなり 最高気温26度と過ごしやすい
今まで屋外の訓練を控えていたけれど

今日からまた再開だ
新人の機関運用訓練をやってたので
俺も久しぶりに訓練場へ行ってみた

先輩が後輩を指導してる時は
なるべくは顔を出さないようにしている

以前自分が指導者の立場だった時に
管理職がやってきて
思いつきで、あ~だこ~だ 横から口を出されて
大変やりづらかった経験がある

もちろん そんな経験があるから
訓練に立ち会っても口は出さない
その場で指導者を注意することもない

課長の俺がいるだけで やりづらいんだから
そこは指導者を全面的に信頼して
任せるべきだ

そうでなければ、指導者の威厳が保たれない

注意しなければならないことがあったら
後輩のいない場所で、指導者を集めて
注意する
危険行為と間違いがなければ
指導方法は指導者のアイデア次第だ。

流量計に頼らない
ポンプ圧の速算方法や吸管の延ばし方
タンク水から消火栓や防火水槽に切り替える方法
エゼクターの操作や構造や吸水理論

いろいろやってたみたいだけど
俺は筒先員として
直状にしたり噴霧にしたり停止したりして
流量計に頼らない運用を教える手伝いをした

その時の各計器の動向やエンジンの音
これが判断出来て 初めて流量計のありがたみがわかる

俺たちの機関員時代は・・・
などと言うつもりはないが
今も昔もポンプの構造は殆ど変わらない

変わっていないなら
経験と知識は伝承しなければならない

久しぶりに筒先を持って放水したら
防火衣を着ないでやったもんだから
水浸しでビッショリだったけど

気持ちよかったなぁヽ(*´∀`)ノ
消防人の血が騒ぐというか

筒先1本 命を託し
濃煙熱気の火の中へ
掴んだ手は離さない
我ら消防救助隊

せっかく、いい気持ちで放水してたら

「課長 市役所から電話ですよ」

あぁ~
若い時に戻りたい(´;ω;`)




2012年9月17日月曜日

9月12日の思い出

とうとう最終日
3日間 フルに遊んだ俺たちは
もう、疲労感がピーク

チェックアウトぎりぎりまでホテルで寝てました(~_~;)

とりあえず空港に行って荷物をコインロッカーへ預け
活動開始

今日はお台場で遊びました
まぁハッキリ言って
トライアルとカウボーイとダイエーとヨーカドーが
一つになったような建物がいっぱいあって
そこにアウトレットとコストコみたいな施設がごちゃごちゃと・・・
景色がよくて、フジテレビがあってガンダムがいて
建物の規模と人の数が半端じゃない
ただそれだけなのに

チョー おもしろい のがお台場なんだよね

先ずはMEGAWEBへ
目当てはトヨタのショールームとヒストリーガレージ

こんなヘンテコリンな車もあったりして
とっても楽しい

乗車OKだったので
早速乗ってみたりする
お茶目な俺











ニッサンの車もあった

ニッサンといえばこれしかない

ハコスカGT-R
愛のスカイラインだったっけ?

とにかく シブイ






中学生の頃俺は
大人になったらこれに乗ろうと
決めていた


でも 俺が釘付けになったのは
やっぱり これ

世界に337台しかない
トヨタとヤマハが共同開発して
世に送り出したスポーツカー

トヨタ2000GT

カッコ良すぎて
鳥肌が立った

ってか 車高  ヒクッ
タイヤ カッコわるぅ~


いやー トヨタのヒストリーガレージは
何時間もいたかったけど

オッかちゃんの顔色がだんだん変わってきて
不穏な空気が漂ってきたので

不本意ながらも
2000GTにサヨナラしました
ハイハイ
お台場といえば ここに行くしかないっしょ

フジテレビ本社
はちたま が逆になっちゃってますが
これはパレットタウン側から 歩いたんで こんななっちゃってます

収録は見れなかったけど

タモリがいたんで

肩組んできました

タモリは普段無口なんだね
挨拶したのに知らんぷりでした

じゃ一緒に写真でもということになり
無理やりのツーショット





 も~ 腹減っちゃって 減っちゃって 暑いし 疲れたし

そんな時は 「食べ放題」しかない
デックス東京ビーチ内にある

オーシャンクラブビュッフェ

ここも時間無制限だし
ドリンク飲み放題は一人でもOK
皿が10センチ角に9マスあって
ちょっとづつ いろんなメニューを
ということなんだけど

俺たちには使いづらかったなぁ

メロンソーダは必ず飲む
カレーライスも必ず喰う

後は腹がギブアップするまで
喰い続ける





結局 飛行機の時間調整も兼ねて
2時間ぐらいいたかなぁ




 見よ! 妊婦のようなオッかちゃんの腹
一体何が入ってるんだ? というようなメタボってる 俺の腹

後ろにはレインボーブリッッジ
最高のロケーションで
最高の料理 最高に シ ア ワ セ ナ 二人

函館空港について
家に戻ったのは午後8時を過ぎてました

楽しかったなぁ 東京旅行

今度は沖縄に行きたいな
仕事頑張って 旅行費用を 貯めるか!!

明日は仕事
現実に戻れるかなぁ~ (/ω\)






2012年9月16日日曜日

9月11日の思い出

さぁ 今日は 今回のメインイベント
インカレの応援だ

息子が走る5000m決勝は18時30分からだ
それまでは、また都内を歩き回るぞ

朝から気合が入ってる俺たちは
相変わらずの貧乏旅行なんで
ホテルの1階にあるコンビニで
弁当を購入し部屋食(^^ゞ

この日は ホテルのある赤坂見附から
靖国神社まで歩きました

東京に来たからには

日本人である以上は

今の平和な日本を生きてる
ひとりの男としては

来なくてはいけない場所

それが、

靖国だ




オッかちゃんが 入りたいということで
俺は前回も入ったけど
またまた遊愁館へ入った

そこで目にした一枚の絵

写生会か何かでここを訪れ

描いたのだろう

小学校5年生の男の子が描いた

人間魚雷 回天

この子は、これがどういうものなのか
知ってるのだろうか

引率の先生は、なんと説明したんだろうか



子供の目には ただの潜水艦
カッコイイと思ったかもしれない

戦争を知らない俺たちの世代
更にその子供たち

戦争を正しく伝えていけるんだろうか

胸が 張り裂けそうになった・・・・


九段下から東京メトロで
日本橋へ

そこから新橋まで
炎天下を銀ブラ

銀色のブラジャー じゃない

銀座の中央通りをブラブラ歩いた

高島屋 三越 松屋 松坂屋

全てのデパ地下 試食を制覇した(#^.^#)


新橋から山手線で 新宿へ
目当ては


ここ
新宿高島屋にある

寿司の食べ放題

築地玉寿司









20個づつ注文というルールの他は
時間無制限の食べ放題だ

寿司の食べ放題というのは
地元では見たことないなぁ
さすが 花の都大東京
太っ腹だ



あんまりの美味しさと
元取り魂で5回ぐらい注文したかなぁ

 ってことは 100個?

いやぁ 喰ったわ

帰りのレジで店員さんとオッかちゃんの会話

店「さんま が用意できなくてスイマセン」
オ「いいえぇ 北海道に帰ったら食べますからぁ~」
店「あら? 北海道から来たんですか?私も北海道出身なんです」
オ「そうなんですかぁ どちらですか?」
店「函館の隣の・・今は合併で北斗市って言うんですけど 前の大野町なんです」
二人「えぇっぇぇぇげぇぇぇ~~~ 俺たちも北斗市ですけど」
オッか・店員「わぁぁぁぁぁぁっぁぁ~」

飛び跳ねて、手を取り合い、見つめ合う二人
新宿高島屋の寿司屋のレジで異常な盛り上がりを見せる
オッかと店員さん

更に話は弾み

オ「私たちは上磯なんですよぉ」
店「私は南大野です」

よせばいいのに俺も調子こいて
俺「南大野っていったら 坂田さん 五十嵐さん とかの近く?」
店「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ なんで知ってるんですかぁぁっぁっぁ」

完全にテンパってるオッかと店員さん
店「先日、施設にいる100歳になる御婆ちゃんのお祝いに久しぶりに帰ったんですよ」
オ「えぇぇぇっぇ!? それって ○○さん じゃないですか?」
店「はいそうですけど」
オ「おぉぉぉげぇぇぇあっぁあぁ 私 その施設で働いてるんです。
  その時のお祝いパーティーにもいましたよ」

俺 オッか 店員「うぇぇぇぁぁぁぁぃぃぃっぃじゃkjはskjfはghdkfjヴぁsdんf」

ここで 他のお客さんが支払いにレジへ来て

ジ・エンド

いやぁ
東京のど真ん中で
こんな人と巡り会えるなんて 奇遇だなぁ
すごい確率だ

腹一杯で 幸せな気持ちでいっぱいの俺たちは
当初、目と鼻の先にある 国立競技場への徒歩計画を 急遽変更

大江戸線で向かうことにしました

着いたのは
ちょうど18時15分ころ

アップしてる息子たちが
電光掲示板に映っていました

背が高いから
ひと目で判ります






電話で話してたとおり
いつものレース展開とは違い

最初から飛ばしてます

ケニア勢に しっかり着いていってます

「行けるとこまで 行く」







頑張れ ガンバレェ~                 

寿司で腹一杯の俺たち両親は
息子の走りを見ながら 感動し
時には涙し

腹の底から 精一杯の寿司パワーを息子に
送り、応援をしました(*´∀`*)

息子のおかげで
こうして 東京に遊びに来れた

高校から家を離れて7年間
一人で頑張ってきた息子の頑張りを
俺たちはしっかりと目に焼き付けてきました


レース終了後

もし時間があったら一緒に
新宿で呑もうか? ってメールしたら

実業団の先輩達に誘われてるからということで
息子との飲み会はお預け

内心は
もし、「うん 連れてって」って言われたらどうしようかって思ってたんで
薄情な両親は ホッとしました(゚∀゚ )

だってこれ以上 酒も食事も 腹に入らないよ
寿司 100貫 だし・・・・・