この先にあるもの

公務員卒業
自分の気持ちを最優先に、この先のことは少しづつ考えながら
赴くままに生きてみたい。

2017年12月25日月曜日

男子第68回 全国高等学校駅伝競走大会

ついにここまで辿り着いた

一気に記録を塗り替えないところが
梶山監督らしいといえば     らしいけど・・・

1224
北海道の陸上、特に駅伝ファンにとっては
最高のクリスマスプレゼントが本州から届いた

キタサンブラックが断トツ逃げ切りで・・・・じゃなくて

札幌山の手高校陸上競技部長距離ブロックの快挙
61年も前、俺たちが生まれる前に
大野農業高校が成し遂げた北海道勢最高順位に並んだ
47校中の7位 入賞だ

京都市西京極総合運動公園陸上競技場をスタートし
42.195kmの都大路を7区間で駆け抜ける熱い戦い

高校駅伝は凄い実績を持って入学してくる大学駅伝の選手と違って
指導者によって開花する、高校デビューの選手が沢山いる
特に札幌山の手高校は、その傾向が強かった

オール北海道で挑む!!

と、常々言っていた監督が
5年前、ケニアの留学生を迎えた時には
あれ? 勝敗の結果に拘ってる?   
監督らしくないなぁ・・・と一時、疑念を感じることも少しはあった

でも
その戦略は、俺たち素人が考える目先の勝利じゃないことに
いずれ気付かされることになる
監督が考えていたことは、走力の底上げと意識の持ち方だった

どっこいどっこいのメンバーだけで走っていても
実力は付かない
与えられている恵まれた環境を
走ることができる幸せを、感じることができないでいる高校生に
ケニアからの留学生は、いろんな刺激を与えてくれた

走思走愛を掲げる監督の思いが、徐々にメンバーに浸透し始める

以前、監督に
「いい助っ人外人が来ましたねぇ」と声を掛けたとき
「いや、ドゥングは助っ人なんかじゃない、山の手陸上部の部員の一人だ」
と、カッコいいこと言っちゃってましたけど
その意味が今となっては
ただカッコつけて言ってたわけじゃないことは
今年の成績をみれば解る

それは、総合7位という結果ではなく
各区間をみれば、決して留学生の力だけで入賞したチームではないことが明らかだ
5区、6区、7区はそれぞれ1年、2年、3年だ
しかも、区間5位、3位、5位って
とんでもない順位で走っている

梶山監督、よく登りの3kmに1年生を使ったなぁと感心してしまう
登りの短いスピード区間は経験の浅い1年生なら
ぶっ飛んで行ってしまい、後が続かないという悲しい結果がよくあるけど
そこを監督は旨く利用し、そしてズバリ的中した

ここがレースのポイントだったと俺は思う
ズルズル後退するか、前を追いかけることができるかは
高い順位で走っている者だけが感じる「走る意識」というやつだ

本来の高校生が持っている闘争心を掻き立てる
今、俺は競っているんだ と実感できる位置を
今回、札幌山の手はキープした

その高い位置での走りを経験したこの1年生は
更に、その上の位置に自分の身を置いてみたいと
感じたはずだ

その意識は今後、確実に伝承されていき
おそらく今回の快挙でだって
胴上げされていない梶山監督が宙に舞う日が
着実に近づいていることを
北海道の高校駅伝ファンの一人としては   
とても、嬉しく思います

ただ心配なのは
グレの後の12年生にケニア留学生がいない

監督
また、なにか違う新しいこと考えてるな?

来年の都大路で、その成果を見せて
また感動させてください
楽しみに待っています

とりあえず

札幌山の手高校 入賞 おめでとう

とりあえず       だ



2017年12月20日水曜日

哀悼

享年66歳という若さでこの世を去ってしまった
高谷寿峰北斗市長

南渡島消防事務組合の管理者
所謂、俺たちのボスの訃報は、あまりにも突然で
あまりにも信じ難く、一時は
「えっ? なんで? どういうこと?」
頭の中では整理がつかず
気持ちの上ではウソであって欲しいという思いが強く
真実を受け入れるのに時間が必要だった

雲の上の人ではあったけれど
話し方や言葉の使い方がとても好きでした
人前で、あんな感じで喋れるようになりたいなぁ・・・
と、いつもそう思いながら
別次元の人の話に耳を傾けていました

政治家が良く使う、難しくて理解に困るような
後で辞書を引かなければならないような言葉は使わず
演説調ではなく、語り という感じで
人を惹きつける強い力を持っている方でした

お世話になった、というのか 迷惑を掛けてしまったことは数知れず

初めての議会で、頭の中が真っ白になって
しどろもどろな答弁で終わり、座った俺の次に
間髪を容れずに助け舟を出してくれた、高谷管理者

議会終了後に
「申し訳ありませんでした
次はまともな答弁ができるよう、勉強してきます」
と頭を下げた時の高谷管理者の神対応が、今でも俺の心の中に
「これがトップの品格」として鮮明に脳裏に刻まれている

「議会に、次なんかあるわけ無いべや! ちゃんとしっかりやれぇ!?」
と叱咤激励してくれた方もおりました
それはそれで、次から頑張ろうという力の源にはなります

逆に高谷管理者は
明らかにまともな答弁になっていなかった俺に

「まぁ初めてにしては上出来だ。徐々に慣れていくもんだ」

と俺の肩をポンと叩いて「俺は気にしてないぞ」という
カッコいいオーラを放ちながら
その大きな度量、器を俺に見せて、笑顔で議場を後にしました

おそらく、その時の理事者としての心境は
「何やってんだお前! 馬鹿もん!」と怒りたかったことは
なんぼ鈍感でアホな俺でも、察しは付いていました

悔しいのと、情けないのと、恥ずかしいのと
いろんな感情が入り混じっている時に
掛けられたその時の言葉

悔しさだけをバネにして
「チクショー  チクショー」と這い上がってこられる人間って
どれだけいるだろうか?

でも
慰められるのも、変なプライドを持っている
低俗な俺たちには、それも逆効果・・・・

人を、その気にさせる言霊を持っている人というのは
本当に存在するもので
議会終了後に心が折れて、ガッツリ凹んでいるその時の俺は

もう、この人に
俺のせいで恥をかかせるわけにはいかないんだ

そう強く強く思いました
そのお陰で今ではすっかり答弁も上達し・・・・・てはおりませんが(残念な俺)

後輩、部下への教育・指導は
自分の口から出る言葉で
その人が、やる気になるような「導き」をしたいと思っています
まだまだ、未完成ではありますが・・・・目指しています

高谷管理者
ありがとうございました
ご生前のご厚情に深く感謝いたしますとともに、

安らかなご永眠をお祈りいたします。



2017年12月12日火曜日

失敗

本田宗一郎という人間に憧れている

初めて乗ったバイクがHONDAのバイクということもあり
創業者である本田宗一郎という人物のことが
深く知りたくなって
その人物像に触れるたびに
どんどん惹かれていった

この人のようになってみたい,という漠然とした憧れから
この人のような生き方をしたい  になり
この人のような上司が欲しい と思うように変わり
この人のような上司になりたい ということを目標にして

最近は,この人のような死に方をしたい  
というところまで,とうとう来てしまった

この人の数多い名言に出てくる 
「失敗」
という言葉

その中でも特に好きな言葉がある

「チャレンジして失敗を怖れるよりも、何もしないことを怖れろ」

ガッツ~ン
この言葉に巡り合ってから生き方が変わりました

「どうせやっても無駄だ」
「そんなことしたって変わらないって」
と,自分だけで思っているなら まだしも

他人にまで,それを強要していた
若い頃の自分が恥ずかしい

やらないで済む,楽な言い訳と理由を探して
何もしないで済む結果だけを探していた
そんな時期が俺にはあった
でも,本田宗一郎のこの言葉に触れたとき
その言葉の力に負けた
対抗できる言い訳と屁理屈が
俺には見つけられなかった

人のしないことをやって,失敗して笑われても
傍観者よりはマシだと
そう思えるようになった

お前らは,失敗することもなければ
成功した時の喜びも味わうことはない



考えているうちは,まだ本田宗一郎には近づけていないんだ

お前らとか,俺はとか
他人と比較すること自体,本田宗一郎は意味がないと言っている

追いつけたような気がしているのは うぬぼれ という錯覚だ

それもまた 失敗のひとつ

また一つ 成功に近づいたんだ






2017年12月8日金曜日

飢餓海峡

水上勉の小説、映画にもなった
どこか、ストーリーの柱がアラン・ドロンの「太陽がいっぱい」
にも似た内容だったような気がする

俺の愛する目の前の海が物語の舞台と知って
当時のレンタルビデオ(DVDやブルーレイじゃない・・・VHSビデオだ)
で見たことがある

戦後の日本、その時代の差別と社会の裏側が根底にある
なんだか暗ぁ~い感じの映画だったけど
実際にあった洞爺丸台風の事故や岩内の大火が題材だと
後から知った

世の中を斜めにしか見ていない30歳を目前にした若造の俺には
単純に、「悪いことをしたら、いつかはバレるんだなぁ」
ぐらいにしか受取れなかった、感受性の乏しい 俺

実はこの映画には、深ぁ~い意味があって
結局、真相は闇なんだけどね
見る者、読む者に問いかける作品って沢山あるけど
あれから30年経っても、俺は未だにその答えを見出せないでいる

石川さゆりも 同じ曲名の唄を歌っていて
もちろん、この映画の主題歌ではないし、聞いたこともないけど
歌詞からして、この小説のことだということは解る

濃いでも漕いでも 戻る岸ない 飢餓海峡
濃いでも漕いでも 戻る道ない 飢餓海峡
濃いでも漕いでも たどる岸ない 飢餓海峡

そして、飽食の時代を迎えた日本人
腹いっぱい食べることができるし
残ったら捨ててしまう時代
食べることができている謝恩はいつの間にか消えた  シアワセモノ

でも、そうじゃない人たちが
今も、この海の向こう側にいる










命を懸けて漁に出る海の男たち
それは、どこの国の漁師も同じ血気を持ち
熱意と気迫は漁師のプライドとして胸に秘めて
漁に出るものなんだと・・・
彼の国の漁師だって 海の男は みんな同じ想いだと思う

ただ、
命を懸けてとは、命と引き換えに ではない

荒海を渡るのは自分たちの意志ではなく
ノルマを与えられ、達成できずに帰ってくることは
国賊だと植え付けられた主権のない国民であって
基本的な人権さえ無視された、鉄砲玉だ

相次いで漂着している小型の木造漁船
与えられた装備は、冬の荒れた日本海を渡れるような漁船ではないことは一目瞭然
船底にコンパネを張った、平らな形状の漁船なんて見たことがない
明らかに海仕様の船ではないことは
素人の俺でも解る

国民の命や飢餓を犠牲にして成り立つ国家など
そもそも国として体をなしていない

映画の飢餓海峡とは違う意味での飢餓が
今、この海にはある









そんなことを考えながら
今度の日曜日

もう一度 「飢餓海峡」 見てみようかな



2017年12月3日日曜日

全消会北海道支部研修会 2

続きは、明日と言いながら
4日も経過してしまうところが 不定期 たる所以だったりして(^^

荒井先生の言葉は、一つ一つ何か引っ掛かるんだよな
引っ掛かるというのは、
「ん!?  それはちょっと違うくね?」
という引っ掛かりではなくて

今まで言われたことがないような 言葉
今となっては言われないような 言葉
そして、自分も部下に対して、今まで言ったことがないような
いろんな言葉が、頭と胸に刺さってくるという新鮮さ

一つ
管理職は、若い人の力と対話できる力を持つこと

若い人に対抗できる力 ではなく
若い職員が持っている知識や技術や先進的な考え
そういう力と同じ土俵で話ができる力を持て
上層部だけで話し合っても、出てくる答えは
大体は予想が付く

一つ
何をするかではなく、何のためにするかで物事を捉える

理由がなければ、それは行動に移す必要が無いばかりか
無駄な時間を過ごすだけで、むしろ組織力は減退する
職場のトップが打ち出す方針に、確固たる信念と理由があるか
納得しなければ、人は動かない
先ず基本は、自分たちは何のために存在しているのか
ということを根底に置くこと

一つ
あきらめろ!  覚悟しろ!  本物を造れ!

中でも、一番琴線に触れちゃったのが これだな

諦めろ、というのは、断念しろという意味じゃない
現状を受け入れろ、現実を見ろ ということ

どういうわけか
俺の眼は、都合の悪いことは映らないようにできていて
俺の耳は、都合の悪い音声は入ってこないようにできているんだ
これには、琴線どころか、ナイフでばっさりやられたって感じ

覚悟しろ、とは
都合の悪い現実が見えたら
何を何のために変えていくのかを一つ決めて
それを達成させる覚悟をしろ
という、前段の話にも繫がっていくことになるわけで

覚悟が決まっていない人というのは 公務員に多い・・・・グサッ
所謂、公務員というのは真面目な人が多い・・・そっかぁ?
真面目な人は失敗を一番恐れるので、大きな変化を嫌う・・・たしかに
なので、現状維持には目標は必要ない、飾りだけのスローガンが多い・・・あぁぁ
そして、目標を決めること自体を先延ばしにしてしまう・・・うんうん
それは、絶対に間違っていない 正解 を求めているからです・・・だよねぇ

本物を造る、とは
間違いを理解していなければ、正解を導き出すことはできない
失敗がなければ、どれが本物かも判らない
本物って なに?  ってことだ

なんだか深いんだよなぁ   荒井先生

聞きたいことがいっぱいあったので
研修会終了後の意見交換会の時に
タイミングを図って  ワインを持ってササァ~ッと近づき
挨拶と名刺交換を済ませ、早速の質問攻撃

学校や消防という組織の人間関係
改革することの難しさ
歳の違いによる考え方の違い

いろいろ訪ねた・・・はずが
徐々に、聞く力を持っている荒井先生のペースに   ド嵌り(^^

質問をしに近づいたはずの俺の方がいろいろと喋らされ
最後に先生が言われた言葉に、また感服させられました

「それが、答えだと思います」

この人  なに者?

    神だわ

これ全て実行できれば
俺も、悩まないんだけどなぁ・・・・